基本的に物置き

ハーメルンに笛を吹く

0.はじめに

当シナリオはクトゥルフ神話TRPG、第六版に対応しています。
舞台となるのは、少し遡って1999年の日本、兵庫県にある架空の市。
探索者は小学生となり、巻き込まれてしまった誘拐事件からの、自力の帰還を目指します。
シナリオの難易度は★2つ(最大5つ)といったところ。
悪党から新たな友人を助けようとすれば、死のリスクを背負うことになります。
推奨技能は<目星><聞き耳>、そして<登攀>を一人といったところです。

1.小学生探索者の作成手順・ハウスルール

当シナリオでは『探索者の作成』および『技能ロール時』に適応するルールが用意されています。
これらの利用は自由ですが、あったほうが雰囲気が出るやもしれません。

小学生探索者の作成手順

探索者作成の折、それぞれロールするダイスを一つ減らして作成します。
3d6なら2d6、2d6+6なら1d6+6といった具合です。
ただし、3d6+3は特例として『1d6+6』に置き換えます。
職業、個人技能点は固定で250/120ポイントが与えられます。
<アイデア>などステータスに5を掛けたものが初期値となるものは、7を掛けて算出します。
技能値は職業技能なら”60%”、個人技能なら”45%”を超えることが出来ません。
ただし、<アイデア>などはこの制限に該当しません。

職業はルールブック記載の職業から、プロフィールに一番近いものを選ぶのが手っ取り早いです。
例えば、”この子は医者志望で両親から医学の手ほどきを受けている。だから、医者の職業技能を持っている”など。
もちろん、自由に作成してしまっても構いません。

技能の難易度

当シナリオ中では技能ロールに対し、難易度を設定しています。
難易度3を基準(補正なし)とし、難易度2なら+20、難易度1なら+30。4なら-20、5なら-30の補正が技能値に掛かります。
なお、難易度を判断し、設定するのはキーパーとなります。
無論、シナリオに明記された難易度も自由に変えてしまって構いません。

背景設定『八津砂小学校/八津砂町』

兵庫県に位置する架空の市、”弥代市”にある田舎町。
八津砂小学校はそんな田舎町にある、過疎化の進む小学校です。
以前はそれなりに生徒がいましたが、今やいくつかの教室が使われることなく、子供たちの遊び場となったまま放置されています。
生徒数は30名に満たず、2学年を1まとめ(小学年・中学年・高学年と称する)とした小規模な教育が行われています。
大人は教員数5名、用務員1名が在籍しています。

なお、この舞台は当サイトで公開中のシナリオ『きつねの小窓』と同一です。

2.あらすじ

「となり町の小学校の生徒が一名、一昨日の放課後から行方不明となっています」
校庭に集められた八津砂小学校の生徒たちは、そんな事情により、集団下校するはこびとなりました。
しかし、帰り道を歩いていると、不思議な笛の音とともに意識が薄れていき……
目を覚ました時には、両手両足を縛られ、見知らぬ二人の小学生”海原朋美””田中泰彦”と一緒に、テントの中に転がされていました。
探索者は謎の誘拐犯”笛吹き男”がいない隙を突き、脱出の手段を探し求めることになります。
……ですが、懸命な探索者は、この時点であることに気づくでしょう。
行方不明となっていた生徒は”一人”。しかし、ここには”二人”の生徒がいることに……

3.シナリオの背景

日本から遠く離れた、モンゴルの高原地帯。
その雄大な自然の中に胡乱な影が紛れ込んだのは、遥か古の時代のこと。
”チョー=チョー人(ルールブック p.183)”と呼ばれる、人間によく似た亜人の集団の一族。
彼らは有史以前より各地に点在し、その邪悪な営みを延々と続けていました。
探索者とともに攫われたかに見える”田中泰彦”は、実はその一族の一人であり、そして彼自身は知る由もありませんが、生まれる前から儀式の生け贄とされることを計画された存在です。

”よく似た”の形容の通り、チョー=チョー人は人間ではありません。
かつて地上に跋扈していた邪神たち。彼らが小間使いのために創り出した存在……すなわち、奉仕種族なのです。
彼らは知性の面では人間より劣っているものの、生まれ持っての邪悪さ、ためらいの無さは人間を大きく上回っています。
人間が地上を支配するようになった近代となっても、彼らは時折人間たちに紛れ込み、凄惨な悲劇の立役者として活動を続けていました。
このシナリオに登場する一族は、双子の邪神”ロイガーとツァール(ルールブック p.219)”に仕えています。
彼らは”旧神”と呼ばれる神々の手によって地の底へと封ぜられ、一族の奉仕を受けながら、復活の時を待ち侘びています。

さて、ここで今回の事件の黒幕である”笛吹き男”が関わります。
彼はチョー=チョー人の一人であり、一族の中でも長生きしている部類に入ります。

では、彼は邪神へと何をもって奉仕しているのでしょうか?
……その答えは”生け贄”。それもただの生け贄ではありません。
時間を掛け、工夫を凝らして味付けした、まさに至高の一皿のような一品なのです。

彼は邪神への供物に対し、苦痛と絶望を刻み込むことを好みます。
そして絶望の深さは、生け贄が持ち合わせている希望の大きさに比例します。
平和な国の田舎町で、自然に囲まれて不自由なく暮らす八津砂の小学生は、まさに彼が仕込みをするにあたっての理想的な『食材』でした。
しかし、彼の住むモンゴルの高原から日本へ向かい、子供たちを攫って母国へ戻るというのは容易ではありません。
それに攫った子供たちを絶望させるにも、言語の壁が立ち塞がります。

深い絶望というものは、単なる暴力では生み出すことは出来ません。
価値観を踏み躙り、自由を奪い去り、希望を与え、それを叩き壊す……丁寧な作業が必要となるのです。
彼は生け贄を苦しめる、それだけのために長い年月を費やします。
自身の計画に都合の良い手駒を作るため、日本人観光客を攫い、チョー=チョー人と日本人の混血の子供を産ませる。
その子に歪んだ教育を施し、手駒に使うと同時に生け贄にも最適化する。
一族の所有していた洞窟の一つを、ロイガーの力を借りて絶望の舞台へと創り変える……
実にまめな仕込みを終え、彼は手駒が10歳になったのと同時に、計画を実行へと移します。

……しかし、彼は気づいていませんでした。
彼の手駒、つまりは田中の日本語教育は、その母親へと一任されていました。
その時、母親は道徳的な感情……すなわち善意や友情、愛や希望といったものを息子へ教え込んでいたのです。

息子はチョー=チョー人の中で、彼らの卑劣な行いを、邪神への奉仕を当然のものとして植え付けられていました。
そんな彼が母親の意見にたやすく同調することはなく、その教えも彼女が死ぬと、心の内に忘れさられます。
しかし表面化することこそ無かったものの、それは彼自身の中に確かに宿されたのです。

父が与えた悪辣な思想と、母が芽生えさせた純真な心。
彼がどちらを選び、どちらの道を歩むかは、探索者たちとの短い交流に掛かっています。

シナリオの舞台について

舞台は、邪神”ロイガー”の力によって作られた特殊な空間です。
これは元々存在していた中国の洞窟の中に、ロイガーが歴史から切り取った”モンゴルのある高原”を貼り付けたものです。

……言葉だけで表すと意味不明になってしまいますので、仔細を追記します。
ロイガーは”バラバラにし、大地から引き離す”力を持っているとされており、それは例えば人間を”バラバラに”し、どこかへ連れ去ってしまうような形で用いられます。
当シナリオでは、この能力が拡大解釈され、”ロイガーは何か(対象は生物に限らない)をバラバラにし、大地から引き離してしまう”ものとなっています。

今回バラバラにされたのは、モンゴルのある高原の”景色”です。
さながらビデオのカット編集のように、連続した”歴史”というフィルムの中から、特別に忌まわしい”一コマ”が選ばれ、そこだけが抜き去られてしまったのです。
そして、抜きさられた”景色”が洞窟の中に”貼りつけ”られ、洞窟の中の光景が上書きされてしまっています。
しかし、あくまで貼りつけられただけなので、探索者は洞窟の範囲以上に移動することは出来ません。

抜き去られた一コマは、時間の流れから置き去りにされた存在です。
つまり、”変化しようとする”力が働いておらず、探索者が触れるなどして”変化させようと”しなければ、永遠に何の変化も起こることはありません。

◆なるほど、わからん

これでも十二分にややこしいため、要点を抜粋しておきます。

・この空間は”ロイガー”の力によって作られている。
・元々あった洞窟の空間に、モンゴルのある高原の景色が貼り付けられて出来ている。
そのため、限られた空間(洞窟の範囲まで)しか移動することは出来ない。
・探索者はこの空間にあるものを利用出来る。

4.登場NPC

田中 泰彦(たなか やすひこ)、純粋な少年、10歳

STR:7 DEX:8 INT:11
CON:10 APP:8 POW:10
SIZ:7 SAN:25 EDU:7
HP :9 MP :10

[特筆する技能]
クトゥルフ神話:21%

チョー=チョー人と人間のハーフ。
父の計画のために来日したばかりですが、日本語は母に教えられていたため、話すことも読むことも可能です。
戸籍が存在しないため、小学校には通っていません。
露悪的な物言いをし、相手が怯えるのを見て喜ぶような悪癖を持っていますが、心の底には善的な感情も持ち合わせています。

海原 朋美(うなばら ともみ)、純真な少女、10歳

STR:4 DEX:6 INT:8
CON:8 APP:11 POW:9
SIZ:9 SAN:45 EDU:8
HP :9 MP :9
[特筆する技能]
芸術<リコーダー演奏>:6%

八津砂のすぐ近く、菜々潟(なながた)に暮らす小学四年生。
純真で心優しい性格ですが、いささか人を信じ過ぎるきらいがあり、どこか危なっかしくもあります。
「どんな人間でも、真心を持って接すれば、いつか必ず心を開いてくれる」という祖母の教えを信じこんでいるのです。
一方でストレスが溜まると裏山に登り、人気のない場所で思い切りリコーダーを演奏するという変わった趣味も持っています。
……もっとも、その演奏は某ガキ大将の歌声と十二分に張り合えるレベルであり、一般的には”騒音”と呼ばれるものですが。
(自覚はあるため、彼女は他人がいる場所で演奏することを嫌います)

シナリオ上では、単なる賑や……ではなく、非協力的な田中に代わり、ヒント役を務められる人材です。
重要キャラです。きっと。

笛吹き男、純粋な悪意、???歳

STR:13 DEX:16 INT:10
CON:17 APP:4 POW:18
SIZ:6 SAN:00 EDU:15
HP :12 MP :18
[特筆する技能]
芸術<笛の演奏>:75%
ナイフ     :95%

[武器]
大ぶりなナイフ(1d4+2)

[呪文]
<ハーメルンの笛:シナリオオリジナル呪文>
ある特別な手順(キーパーが決める)で作られた笛を用い、催眠作用のある楽曲を奏でます。
呪文には<笛を演奏する技能(彼の場合は<芸術>)>の成功が必要であり、判定時に<1d3>MPを消費しなければなりません。
笛の音を聞いたものは、<ラウンド*1>とのPOW対抗ロールに成功しなければ催眠状態に陥り、奏者の望むがままに行動してしまいます。
催眠状態の間の記憶は曖昧であり、思い出すには<アイデア>ロールの成功が必要となります。
また、この状態は<ダメージを受ける>、<より強い音に笛の音をかき消される>ことにより解除されてしまいます。

[プロフィール]
邪悪な亜人・チョー=チョー人であり、彼らのステレオタイプ的な性格の持ち主。
”ツァール”と”ロイガー”、それに連なる神々を崇拝し、地球上の一切は彼らの所有物であると考えています。
それは自分や一族も例外でなく、10年以上も育て、ともに暮らした息子を騙して生け贄に捧げることすら、一切の呵責を覚えていません。
計画のために、日本語を使った文書をいくつか用意していますが、彼自身は日本語話者ではありません。
全容を知りながらも彼らに助力した、協力者が存在しているのです。

5.ある日の放課後にて

1998年、9月11日(変更可)。
楽しかった夏休みも終わり、毎朝の登校時間に自然と目が覚めるようになったころ。
八津砂小学校に一つのニュースが舞い込みます。

それは、となり町の菜々潟(なながた)小学校での誘拐騒ぎ。
4年生の女子生徒が、放課後の街角を最後に目撃されていないというのです。
平和で穏やかなこの一帯において、その事件の知らせは、まさにビッグニュース……とはいかず。
まだ本当に誘拐事件かどうかも分からないということで、その日は大事を取って集団下校とする、という対応が取られるに留まりました。

シナリオの開始地点は、放課後の八津砂小学校の体育館。
探索者たちは集団下校のため、学年を無視して家の近いもの同士でグループ分けされ、集まっていました。
既に事情はあらかた説明された後であり、そろそろ帰ろうかと探索者たちが思案していると、中学年の担任”鳴海”先生が声を掛けます。
彼は探索者たちに危ないところに近づかない、怪しい人を見たらすぐに逃げる……などと注意します。
この接触は、情報を得るための最初の機会です。
探索者たちは事件とは無関係ですが、興味本位で事件について、あれこれ鳴海に尋ねることが出来ます。

会話で得られる情報

・行方不明となっているのは、となり町の菜々潟小学校の女子生徒。
・怪しい人物の目撃証言は今のところは無い。
・他に行方不明となった生徒は少なくとも弥代市内にはいない。

尋ね終えると、鳴海は他の生徒のグループへ説明をするため、その場を離れます。
話が長引いていたのなら、探索者たちは退屈そうな他のグループに、恨めしげな視線を送られていたかもしれないでしょう。
探索者が”帰る”や”学校を出る”と宣言すると、次のパートへと移ります。

6.ハーメルンの笛吹き男

このパートはほとんどが演出で、探索者の取れる行動は少なくなっています。

あぜ道を抜け、頭を垂れた稲穂の混じる田んぼの脇道を進み、よく吠える犬のいる家の前を通り……
そんなお決まりのルートを、顔と学年程度しか知らなかった同校生と歩いて行く探索者たち。
ところが、そんな彼らに突然、奇妙な”笛の音”が聞こえ始めたのです。
その音を聞いている内に、徐々に意識が薄れ、ただ”聞く”ことへと全ての神経が注がれていきます。

ここで探索者たちは<幸運>ロールを行います。
成功した場合、その探索者はボヤけていく視界の中に、異様な風体の男が現れたのを認めます。
その男の背丈は探索者の肩までしかなく(約110cm)、ボロボロの布で出来たローブに身を包み、穏やかに笛を演奏しながら歩み寄ってきます。
しかし、その顔には偏屈な老人のように深いシワが刻まれ、落ち窪んだ瞳は淀んだ光を放ち、全体を通して忌まわしい雰囲気を醸し出しているのです。
異様な姿の男に目を奪われている内に、その探索者もまた抵抗する気力を失い、意識を薄れさせてしまいます。

……彼らが目覚める場所は、薄暗いテントの中。
大人5人程度なら収まる程度の、子供にとっては大きな空間に、彼らは手足を荒縄で縛られた状態で転がされています。
そしてそこには、探索者たちは初対面となる少年少女も、寝転がされています。

◆あからさまに不審者?

前述の通りの外見の男が町を出歩き、なぜ通報されなかったのか?
その理屈は、彼が魔術を行使しているからです。
本来、彼の姿は魔法のベールに包まれ、平々凡々とした主婦にしか見えなくなっています。
しかし、笛の音の催眠に掛かっている探索者は、彼の奏でる笛の音……彼の精神の波長と意識を同調させていることにより、その本来の姿が見えているのです。

7.ほの暗いテントの中で

目を覚ました探索者が辺りを見渡すと、探索者たちの方を向いて寝そべっている少女と、彼らに背を向けて静かに横になっている少年の姿を見つけます。
それ以外は小ざっぱりとしたものであり、石ころ一つ転がっていません。
少女の方は探索者たちに友好的に、あれこれと尋ねれば答えてくれます。
しかし少年の方は探索者たちに呼びかけられても素っ気ない返事をするのみで、両手両足の拘束に関わること以外は積極的な反応を見せません。

◆少女との会話で得られる情報

・名前は海原朋美。菜々潟小学校(隣町の小学校)の四年生である。
・学校の近所にある山に出かけたところ、おかしな笛の音(彼女も探索者たちと同じ笛の音を聴いています)を聴き、気づけば寝かせられていた。
・ここがどこかは分からない。が、お腹も空かないし喉も乾いていないから、そんなに遠い場所まで運ばれてはいないと思う。
 (攫われてから丸一日経っている、と言われると彼女は目を丸くします)
・少年の方は”田中”という名前らしい。根気よく尋ねると、それだけは教えてくれたそうだ。

◆少年との会話で得られる情報

・この拘束を解かないことには、話をする気にもならない(探索者たちの方を見もせずに)。
・それ以外は冷たく突っぱねます。「後にしろ」と。

田中と話していると、<目星>か<アイデア>により、彼の後ろ手の縄は探索者たちのものよりも緩んでいると気づくことが出来ます。
彼は海原よりも早くに連れてこられたらしく、それにより何とか縄を緩ませることが出来たそうです。
それについて指摘すると、田中は「緩ませることが精一杯で、無理に外すことは出来ない。
このナイフで切れ目を入れて欲しい」と体をよけ、奥にある小さな木箱を示します。
中身は質の悪い紙の上に載せられた、一本の小さな鉄製のナイフです。
(「海原に頼めば良かったのに」と言うと、「こんな馬鹿に刃物なんぞ持たせられるか」と突っぱねられます。
実際は生け贄の予定である四人が揃うまで、行動させずにおきたかっただけですが)
探索者は彼の縄を指示通り外してあげても、まず自分たちの縄を外そうと努力しても構いません。

縄を外すには、切れ目を入れる程度に力を入れるなければなりません。
安全に外すには、後ろ手にナイフを握り、対象の縄に刺して切れ込みを入れる係に加え、ナイフが危ないところに行かないように目で見て知らせる係が必要となるでしょう。

探索者たちが縄を外して上げた場合、彼はゆっくりと立ち上がり、ナイフを取り上げます。
そして床に転がっている探索者たちを尻目に、手元でナイフを弄ぶと、切っ先を彼らに向けてニタリと笑います。
……最終的に彼は全員の縄を外してはくれるのですが、このようにどうにも悪い印象を残します。

また、探索者たちが抜け目のなさを持っていれば、木箱の中の紙を調べようと考えるでしょう。
しかし、そこに書かれているのは滲んだ意味不明の文字(<知識>に成功すればロシア語の文字だと考えます)であり、内容は把握出来ません。
田中がいるのなら、その文字を読んでもらうことが可能で、彼は「何の変哲もないレシート」だと教えてくれます。
実際内容はその通りで、ナイフを購入したときのレシートを敷き紙にしているだけです。
このイベントは、探索者たちに”田中が不可解な文字を読める”と教えるために用意されています。

もし、探索者たちが縄を外さずに出ていってしまった場合、彼は静かにしています。
監視が本来の任務ではありますが、どの道彼らが自力で正当にたどり着ける訳はない、とたかをくくっているのです。
(もちろん、彼を置いていってしまうのはシナリオ上望ましい展開ではありませんが)

8.暗雲の下には

テントの外へ出ると、まずは全く見覚えのない景色であることに気づけるでしょう。
延々と続く草原に、どこまでも見渡せそうなほどに建物の少ない景色。
空が分厚い黒雲に覆われ、辺りが薄暗くなってしまっているのが難点ではあるものの、十二分に美しいと呼べそうな光景です。
……誘拐された状況では、”延々と建物が見えない”ことにまず絶望せざるを得ないでしょうが。

探索者たちは景色を見渡すことで、いくつか点在する建物を認めることが出来ます。
テントの南の方角には数個のドーム型のテントがあり、北の方角には延々と続く道の先に、ポツポツと豆粒のように小さな何かが群れています。
東の方角には厳かな雰囲気の小さな建物があり、西の方角は緩やかな下りの坂道の先に、物置小屋のように小さな建物を見受けられるでしょう。
いずれも かなり距離が開いており、10分や15分では辿り着けず、全力で走っても20分は掛かりそうなほどです。

北の方角に<目星>を使えば、遠くにいるのが馬に乗った人間であること。
その周辺にいるのが白くもこもことした、四足歩行の動物であることを確認することが出来ます。
南の方角に見えるものを<知識>に求めれば、それがモンゴルなどの高原に住む、遊牧民のテントであると知っているでしょう。
西の方角や東の方角にあるものは、もう少し近づかなければ把握出来そうにありません。

9.北の方角:写真の端

北の方角へと進んでいくと、小さく見えていた何かの群れとは、羊の群れだということに気づけるでしょう。
ごわごわとした毛に覆われた羊たちは、馬に乗った遊牧民に先導され、思い思いの場所で草を食んでいるように見えます。
……ですが、それらに近寄ろうと歩いて行く内に、違和感を覚えるでしょう。
どれだけ近づいて行っても、どれだけ時間が経っても、彼らは1ミリたりとも動かないのです。

そしてようやく羊たちの内の1頭に近づき触れると、少しざらついた、暖かみのある毛並みを感じ取ります。
しかし、それより先。羊の腰より先を撫でようとすると、伸ばそうとした指は「ゴツン」と硬く冷たい何かにぶつかります。
違和感の正体を確かめるには、その手触りのもとをマジマジと眺めなければならないでしょう。
そこには壁があります。
触覚はそれを肯定しています……しかし、視覚はその先に雄大な自然の景色を、羊たちと遊牧民の姿を認めているのです。

探索者がさらに何かを探そうと、壁をぺたぺたと触っていると、一箇所だけ壁から先に続く道が開けていると気付けるでしょう。
しかし、そこから一歩踏み出した途端に自然の光景は消え去り、暗く湿った洞窟の姿が顕となるのです。
洞窟の先は岩で塞がれており、外に出ることは出来ません。
そして振り返ると、虚空を不思議そうに撫でたり、触っていたりしている他の探索者の姿が目に入ります。

今の今まで自分が”質感のある幻覚”に触れていたこと。
しかし、今となってもその事実を信じきれないほどに、幻覚が精密であったこと……
奇怪な現実に気づいた探索者は、正気度を<1/1d4>ポイント喪失します。

◆ハーメルンの笛吹き男

田中がいた場合、彼は笛の音に洞窟とは、まるで”ハーメルンの笛吹き男”(後述)のようだと言います。
ハーメルンの笛吹き男については、<知識>ロールに成功すれば知っています。
誰も知らない場合、もしくは説明を求められた場合は、キーパーより説明してあげると良いでしょう。

現在の状況とはいくつかの食い違いはあるものの、確かに似通った状況ではあります。
しかし、洞窟の出口は内側からではなく外側から塞がれており、おまけに岩はピッタリと出口にはまり込んでおり、テコでも動きそうにありません。

◆お話の内容

鼠害(ネズミによる被害)に悩まされていた”ハーメルン”という町にある日、笛を持った男が訪れた。
男は報酬と引き換えにネズミを全て退治してあげると言い、町人たちはそれに同意し、ネズミ退治を依頼する。
そして男が笛を吹き鳴らすと、町に住んでいたネズミが一匹残らず集まり、男はそれを川へと導いて溺死させてしまった。

こうしてネズミは駆逐されたのだが、町人はこの男を訝しみ、報酬の支払いを拒んだ。
男は一度は引き下がるも、後日もう一度現れ、再び笛を吹き鳴らした。
彼のもとに集まったのは、今度はネズミではなく、町に住む子供たちだった。

男は子供たちを山へと先導し、洞窟の中へと彼らを連れ込んだ。
そして内側から岩で出口を塞いでしまうと、二度と彼も子供たちも出てくることは無かった。
町に残ったのは、笛の音を聞くことが出来なかった子供だけだったという。

10.南の方角:遊牧民のテント

探索者の見た南方のテントは、モンゴル高原などで使用される移動式の住居”ゲル”と呼ばれるものです。
外観はドームのような形をしています。それはフェルト(羊毛の布)で木の骨組みを覆ったものであり、めくって取り外すことも容易です。
中央部には二本の柱があり、そこからちょうど傘のように、ゲル全体を雨風から守るフェルトが張り渡されています。
木製の扉や煮炊きにも使えるストーブなどもきっちりと備えられており、単なるキャンプ用品とはまた違う、異国の生活様式といった趣を感じさせてくれるでしょう。

……詳細は百科事典などに任せておくとしましょう。
ともかく、シナリオ中に登場するゲルは共通する特徴を持っています。
一つは屋内には誰一人として、人の姿が見当たらないこと。
もう一つは、ストーブの上にスープの入った鍋があるなど、生活の痕が残されていること。
そして最後の一つは、備え付けられている仏壇が、斧や棍棒などで荒々しく破壊されてしまっていることです。
モンゴルの仏壇と日本の仏教の仏壇では、彩色や様式に差異はありますが、家に仏壇や宗教的な物品がある探索者なら、それが何らかの神への敬意を払うための品であることに察しがつくでしょう。

ゲルを調べ回った探索者は、これらの情報の他に、空っぽの中華鍋とお玉や酒瓶といった、あまり価値の無さそうな品物を手に入れることが出来ます。
これは後々、非常に役立つかもしれない品なのですが、探索者たちには「盾になりそう」などと理由を付けて、持っていってもらうと良いでしょう。
また、シナリオ中で探索者たちのアイデアを実行するのに必要な品物が生じた場合、ここから見つけられることにしても良いでしょう。

◆うごめく影

ゲルの中に田中が入った場合、探索者は<アイデア>ロールを行います。
成功した場合、室内にいるというのに田中の足元にはクッキリとした影があることに気づけるでしょう。
この影の正体は、彼を適切な場所で処分するために笛吹き男が潜ませた怪物です。
ですが、この時点で正体を現すことはなく、田中に尋ねても「見間違いだ」などと切り捨てられてしまいます。
影自身も、そうやって尋ねたときには、一時的に田中から離れてしまっているでしょう。

11.東の方角:小さな寺院

東の方角へ進んだ先にあるのは、小さな中国様式の寺院です。
形状は日本で目にする寺院と大きな違いはありませんが、壁が黄色に塗られ、柱は朱色に染まっているなど、主に色彩への感覚の差が現れています。
外観からは経年による劣化といった、歴史の重みを感じ取ることも出来るでしょう。
建物は一つだけ。大きな門や廊下などもなく、ただ現地の人々が集まり、僧侶のもとで厳かな祈りを捧げるためだけの空間となっています。

しかし、探索者たちは知るよしもありませんが、この寺院は仏教徒のためのものではありません。
静かながら長くに渡って存続していたそれを、堕落させた現地人たちとともに、チョー=チョー人が奪い取ったものなのです。
元々のお寺を守っていた僧侶たちは既に殺され、探索者たちが訪れた”バラバラにされた時間”では、寺院の存続に寄与していた人たちが無理やり集められ、今まさに処刑が行われようとしています。

探索者たちが寺院に入ると目にするのは、壁に数本の手斧で打ち付けられた老人の亡骸です。
死体の衣服はあちこち切り裂かれており、剃髪していることから辛うじて僧侶であることが伺えるのみです。
この凄惨な光景を目撃した探索者は、<1/1d4>の正気度を喪失します。

……小学生には、大人にとってもショックの強い光景ですが、この奥の光景はより残酷かもしれません。
ショックから立ち直った探索者たちが奥へと向かうと、そこには仏壇や法具はなく、代わりに油を含まされた焚き木が集められています。
そして、その上には手足を荒縄で縛られた5人の人間が寝かされ、怯えや恐怖、あるいは怒りといった感情に表情を歪ませたまま、時が止まったように固まっています。
その光景を遠巻きにして眺めているのは、遊牧民のような格好をした老若男女と、血で汚れ、ところどころが破れた法衣をまとう奇妙な風体の男です。
彼の身長は110cmにも満たず、背丈だけなら小学一年生程度に見えるでしょう。
しかし、その顔には醜い皺が幾重にも刻まれ、異様に落ち窪んだ目は昏く てらてらと輝いており、口元は冒涜的な悦びに歪んでいます。
その表情だけでも、平和な世界を生きていた探索者たちへ、歳月とともに歪み醸された 本物の”狂気”というものへの本質的な恐怖を感じさせるには十分なほどです。
これらの光景、そして老人の笑みを目撃した探索者は、さらに<1/1d2>正気度を喪失します。

◆認識のすれ違い

この凄惨な場に田中がいた場合、彼はその光景に何ら感慨を覚えていないように見えます。
探索者が「酷い」「可愛そう」などと言っていると、この光景を”よくある景色”程度にしか捉えていない彼は不思議がり、その理由を探ろうとします。
かつて母親が持っていた感情、その正体を探りたがっているのです。

12.歴史の影に潜む

一連の凄惨な光景は、もしもこの場に大人がいたのなら、なんとしてでも見せないように尽くしたでしょうし、見てしまった子へのケアも行われたことでしょう。
しかし今、この場にいるのは子供だけであり、彼らの身の安全を保証してくれる人間は誰一人としていません。
どれほど辛くても、生きて帰りたければ探索を続けるしかないのです。

寺院には、いくつかの資料が残されています。
祭壇や偽僧侶の懐に忍ばされた邪悪な書物や、本物の僧侶が遺したメッセージなどです。
邪悪な書物は教科書程度の大きさですが、国語辞典のように分厚く、そしてしっとりとした気味の悪い質感をしています。
……材質については、知るべきでも語られるべきでも無いでしょう。
書物はモンゴル語で書かれており、たいていの場合は田中に読んでもらうことになります。

◆ихэр хүүхдийн бурхан(双子の神々)

禁じられし山々の連なるところ、”恐怖”の名を冠された湖に双子の神々の片割れ、”ロイガー”は潜む。
忌むべき旧神に負わされた手傷は未だ癒えず。
献身なる”エ=ポオ”はただ一時も彼の側を離れず、”一族”の身を捧げて彼を護る。
小さな背丈を持ちながらも、奉仕の心は遥かに大きい。

一族に連なるものは今や世界に散らばり、古き脆弱なる神への信仰を壊し、真の信仰への道を与える。
真の信仰とは、ささげることである。
ささげることとは、すなわち受け入れられることである。
真の神々に受け入れられること。それは尊きものと一体となることである。
我らは信仰を経て永遠の命を手に入れる。

生け贄を捧げよ。それは神々への供物。
供物を通し、我らは彼らに受け入れられる。
生け贄を捧げよ。無垢なる魂を穢し、無知ゆえの希望を躙れ。
絶望の淵が深ければ深いほど、生け贄はその価値を増す。

希望の峰の頂上にこそ絶望の谷への入り口はある。
貧困な者よりも裕福な者を。紛争のある国よりも平和な国を。
安寧に身を委ねた豚こそが最上の素材である。

◆語彙力と国語力

こちらの文章は田中の音読によって読み上げられますが、その内容にはところどころ、小学生には難しい語彙が混ざっています。
もちろん彼に説明を請えば、気分次第で意味を教えてはもらえますが、難易度4の<日本語>ロールに成功すれば、その内容を理解することは可能です。
文章は田中にとっても少し難しい内容に思えますが、彼はすらすらと翻訳し、読み上げることができます。
あらかじめ文章の内容を知っているのです。

◆ダイイング・メッセージ

本物の僧侶の死体の近辺を調べたのなら、その指先が血で濡れており、彼の手のひらで隠された位置に、何かを書き残していることが確認出来るでしう。
そこにはモンゴル語で「銅鑼を打ち鳴らせ。大きな音を鳴らせ。魔物を追い払え」と短く書かれています。
チョー=チョー人に扇動された遊牧民たちも、その全てが協力者になったわけではありません。
亜人たちが寺院を襲撃すると予想した彼らは、敬愛する僧侶に死んで欲しいなどとは思わず、チョー=チョー人に協力するフリをして使役する怪物の点を探り、彼へと伝えたのです。
結果はというと、”怪物に取り込まれての窒息死”から、”裂傷による失血死”に死因が変わっただけなのですが。
しかし彼は、誰かがこの悪鬼と敵対することを考え、最期にこの文字を書き残したようです。

田中はこの言葉を読むことが出来ますが、「銅鑼を打ち鳴らせ。大きな音を鳴らせ。魔……」と、途中でハッとしたように読むのを止めてしまいます。
その後は、どれだけ問い詰めても続きを話してはくれません。
この情報が将来、父を害する結果にはならないかと危惧しているのです。

銅鑼は寺院の中にまだ残っており、打ち鳴らすことも出来ますが、大きすぎるために持ち運びは不可能です。
探索者は銅鑼の代用品を探さなければならないでしょう。
(南の方角で見つけられる、中華鍋などがちょうどいいかもしれません)

13.西の方角:物置小屋

坂道を下っていく内に、物置小屋と探索者たちを隔てるものの存在に気付けるでしょう。
それは崖です。
崖下までの高さ、対岸までの幅は共に約30mと言ったところで、頼りない小さな橋が掛けられています。
橋はまるで縄梯子のようにみすぼらしく、大きな杭によって固定され、一応手すりの役割を果たすロープも渡されていますが、やはり恐怖心を煽るものに変わりは無いでしょう。
<目星>を使って調べれば、古さの割にロープの強度はしっかりとしたもので、子供たちが4~5人で渡るには支障が無いだろうと考えることが出来ます。
<聞き耳>を使えば一帯には風が吹いておらず、風に煽られて落下するようなことも無さそうだと予想出来るでしょう。

崖の下には、笛吹き男が<門の創造>によって創造した小さな門があります。
ですが、現時点でそれに探索者たちが気づくことは無いでしょうし、予備知識がなければ石がいくつか散らばっている程度にしか見えないでしょう。

探索者たちが勇気さえ出せば、向こう岸へ渡ることは容易です。
この空間においては、強風や地震といった自然現象は皆無であり、慎重に橋を渡っていけば、無事に渡りきることが出来ます。

小屋にあるのは、探索者たちと海原が背負っていたランドセルです。
中身は概ね無事ではありますが、リコーダーや携帯電話といった、音を出す品物は破壊されてしまっています。
さらに調べるなら、小さなナタなどを見つけることが出来るでしょう。

14.笛吹き男の導き

探索者たちが一通りの探索を終えたころに発生します。
田中が「出口は無いかもしれない」「あったとしても、そこから出ることは不可能」などと言い始め、そして「まだ一つ、探していない場所が残っている」と探索者たちを誘います。
彼は探索者たちに出口の無い空間をさまよわせ、絶望させるという任務を受けていました。
そして笛吹き男から、十分に不安を煽ったら”ある場所”に彼らを連れてくるように命令されていたのです。
そこには、彼らを絶望させる決定的な”何か”が隠されていると、彼は聞かされています。

探索者たちが彼と十分な交流を持っていれば、彼の心には疑念や葛藤が生まれているかもしれません。
もしかすると、彼は探索者たちを絶望させたくないと思い、連れて行くことをためらうかもしれません。
しかし、どれだけ友情が芽生えていたとしても、彼は最終的には探索者たちをそこへと連れて行くことになります。
生まれてから今まで、彼はそのためだけに育てられてきたのだから。

”ある場所”とは南の方角にあるゲルの内の一つです。
彼はそこに辿り着くと、意を決したように中へと入り、破壊された仏壇の内の一つを調べようとします。
……探索者たちが<目星>に成功したのなら、彼の影がゲルに入った後も残り続け、そしてそれがざわめき、膨らみ始めたことに気づくでしょう。
しかし、それを指摘しても田中の歩みは止まりません。
任務の遂行に執着しすぎたためか、周囲への警戒がおろそかになってしまっているのです。

田中が仏壇を調べるためにしゃがみ込んだ(この場所に来て、しゃがみ込むことが影が彼を襲うスイッチとなっています)途端、イベントが発生します。
彼の影がぼこぼこと泡立ったかと思うと、円形に広がり伸縮し、中央にいた田中を飲み込んでしまうのです。
”影”はいつの間にか黒緑色へと変わり、中でもがき苦しむ犠牲者の姿を、伸縮する輪郭に写し取り続けます。
その中央には大きな緑色の単眼が浮かび上がり、何ら感情を表すことのない、不気味な輝きを放ちながら探索者たちを見つめ続けるのです。
この異様な怪物、そしてそれが友人を飲み込んでしまったことに気づいた探索者は<1/1d6>ポイントの正気度を喪失します。

切り離されたもの、ロイガーの断片
STR:該当なし DEX:該当なし INT:6
CON:16 SIZ:犠牲者と同値(7pt)
HP :12

[詳細]
ロイガーの体の切れ端を、チョー=チョー人が魔術によって変形させた姿。
極めて薄く広がった姿は、影と区別がつかないほど。
親と意識が共有されることはなく、知性についても雲泥の差がある。
術者の指示を介し、自己判断によってトラブルを回避しつつ、確実に実行する。
大抵の場合それは殺人であり、犠牲者を窒息させて殺してしまう。

大きな長所である”薄さ”は、その反面、音波などの振動に極めて弱いという短所にもなっている。
そしてそれは、標的が体内で暴れまわることになる、攻撃中にもっとも顕著である。

近くで大きな音が鳴らされた場合、”切り離されたもの”に<1d4~1d8>ポイントのダメージが与えられる。
物理的な攻撃手段でもダメージは与えられるが、落とし子へのダメージはそのまま犠牲者にも伝わる。

この状況をどう切り抜けるかは探索者たちに一任されます。
田中を助けてもいいし、彼を見捨ててしまっても構いません。
ただし、彼が死亡してしまう場合、遺言代わりに以下のような呟きを遺します。
「いあ つぁ…る ろ…があ めばう くえのさ りはる ざえん いあ …ぁある ろい……」
……それが救いを求める言葉なのか、言い残したかったことなのか、はたまた錯乱による何の意味もない言葉なのか……現時点では分かりません。
怪物は指示を実行し終えると、犠牲者と同じく二度と動くことはありません。

15.絶望への招待状

探索者たちが仏壇を調べると、一枚の手紙を見つけることが出来ます。
それは安っぽい無地の便箋であり、日本語で短い文章が記されています。

◆[手紙の内容]

おめでとう! お友達を見捨てたことで、この手紙を手に入れることが出来ましたね。
君たちの探しているものは、君たちが身につけていたもののすぐ側にあります。
”帰りたい”願いを込めて、みんなで呪文を唱えれば、その願いは叶うでしょう。

やけにフレンドリーな口調とともに、そこにはついに”出口”を示唆する情報が含まれています。
身につけていたもの=ランドセルのすぐ側というのは、西側にあった小屋のすぐ側。
しかし、探索者たちが小屋の側を調べても何も見つけ出すことは出来ません。
出口が隠されているのは、小屋のすぐ側でありながら、目の届くことのない場所。崖下のことを指しているのです。
崖下には6本の柱に囲まれた魔法陣が描かれており、それに”帰還の呪文”を唱えれば、探索者たちは元いた場所へと帰ることが出来ます。

……たどり着けるのならば。
この手紙を読み終えた直後、探索者たちはどこかで聞いたことのある”笛の音”が聞こえることに気づきます。
最後の追い込みを掛けるべく、笛吹き男が<ハーメルンの笛>を使い、探索者を焦らし始めたのです。
これ以降、探索者たちは呪文による妨害を受けながら、出口を探すことになります。

探索者が崖に戻っても、崖下へ続く道はなく、階段やロープも垂らされていません。
ごつごつした岩肌には手で掴める突起がありますが、万一落下してしまえば、死の危険は避けられません。
安全に降りたいのであれば、探索者たちは”縄梯子”を探さなければならないでしょう。

この状況で利用が可能な、30m近い”縄梯子”とは、対岸に渡るための”橋”に他なりません。
橋を支える片側のロープを切断すれば、橋はまるで振り子のような運動で対岸へと叩きつけられ、床板の一部を破壊しながらも、大きな”縄梯子”を形成します。
探索者たちが正常な状態であるのなら、難易度2の<登攀>に成功することで崖下まで降りることが出来ます。

……ただし失敗しても、即座に地面に激突するわけではありません。
<幸運>や再度の<登攀>に成功すれば、間一髪で梯子にしがみつき、やはり崖下まで降りることが出来ます。
このチャンスは着地までに数回ありますが、あまりやり過ぎると緊張感が削げてしまいます。
キーパーは空気を計らいつつ、探索者にロールの指示を与えると良いでしょう。

もしそれでも探索者が立て続けにロールに失敗するようなら、キーパーは彼を厳粛に処理しなければなりません。
崖下に叩きつけられた探索者は、落差3mにつき、1d6ポイントのダメージを受けることになります。

◆笛吹き男の想定

彼の計画によれば、探索者たちの辿るルートは以下の通りです。

”手駒を見捨て、手紙を手に入れる。
笛の音に怯えながら、必死になって出口を探す。
だが、出口を見つけても、そこへ辿り着くことは出来ない。
万が一、そこへ辿り着けたとしても、陣の起動方法が分からない。

あと一歩で帰れる、そのはずだったのに。
希望の峰から絶望の淵へと追い込まれ、彼らは笛の音に包まれて意識を手放す……”

そんなルートを彼らが辿るか、それとも想定を上回るかは、彼らの行動次第です。

16.手と手を繋いで

最後の関門となるのは、”呪文”です。
探索者たちが探してきたものの中に、それを示唆する情報は含まれていません。
それどころか、この洞窟中のどこを探しても、手がかり一つ見つけることは出来ないのです。

笛吹き男の脳内当てに挑むには、彼の手紙にある矛盾に気づかなければなりません。
彼の手紙は、”お友達を見捨てたことで”と書かれています。
つまり、”手紙を見つける時には、誰かが死亡している”状況が想定されていたのでしょう。
死亡する”誰か”とは、いったい誰だったのか? ……田中が生きていたのなら、彼から回答が得られます。
笛吹き男は彼の実父であり、この洞窟における全ては、田中もろともに探索者たちを絶望させ、生け贄として味付けするためだったということを。
もし、彼が死亡してしまっているのなら、彼が言い遺した言葉へ意識を傾けなければなりません。

田中は笛吹き男の計画では、既に死亡しているはずの人物です。
となれば、彼が生きていること自体が、探索者たちが笛吹き男の手のひらの上から抜け出したことを意味しています。
田中の記憶の中には、呪文への一つの心当たりがあります。
彼がこの洞窟を訪れる時に、父が利用した”門の創造”という呪文。
その発動のキーワード。

「いあ つぁある ろいがあ めばう くえのさ りはる ざえん いあ つぁある ろいがあ」

長ったらしい内容ですが、田中曰く「ツァールとロイガー、厖大なるものよ、その御力を見せたまえ」……という意味を持っているそうです。
魔法陣の中央に立ち、MP6ポイントと1d4正気度を支払って詠唱を行うことで、呪文は効力を発揮します。
魔法陣が光輝いたかと思うと、その閃光が詠唱者の体を包み、”帰りたい””ここから出たい”と望む人間の姿をかき消してしまいます。
田中がその意思を持っているかは、探索者たちが彼にどんな影響を与えたか、何を伝えるかによるでしょう。

17.エンディング

閃光に覆われた探索者たちが目を開けると、そこは弥代市の一角、日登山の中腹です。
そこは観光用の登山道を大きく離れた場所にあり、6本の柱は木々に刻みつけられた刻印で代用され、魔法陣も土を被せられています。
ですが、それをそのまま放置していれば、笛吹き男が彼らを追いかけに現れる可能性は色濃いでしょう。
幸い、探索者たちを止めるものは誰もいませんので、存分に魔法陣を足蹴にしたり、刻印を削り取ってしまうことが出来ます。
彼らが攫われてから丸1日が経過していますが、家に帰ることは十分に可能でしょう。
海原が生きていたのなら、彼女が山を降りる道を案内してくれるかもしれません。

田中が生きていたのなら、彼は山を降りようとする探索者たちに、自分は一緒に行けないと告げます。
”逃走した被害者”に過ぎない探索者と違い、彼は”一族の裏切り者”なのです。
チョー=チョー人のコミュニティはさほど大きくなく、日本での影響力は弱いといえ、身の危険が及ぶ可能性はゼロではありません。
彼がその後どうするのかは、またも探索者とキーパーの手に委ねられます。
しかし、どんな道を彼が歩むことになっても、きっといつか再会の日が訪れるでしょう。

生還した探索者は<1d6>正気度、海原と田中の生存により、それぞれ<1d2>正気度を回復します。

18.終わりに

クトゥルフ要素が欠けていた前回(きつねの小窓)と違い、今回はそれなりにクトゥルフ要素が盛り込まれています。
その反面、前回ほどのほのぼの感はもたらされていませんが、そこはまあやむ無しか。
ただ、どちらもロールプレイ(キャラクタープレイ?)を楽しむのが主軸、という部分は変わっていません。
質問などありましたら、Web拍手やTwitterにてご連絡ください。