基本的に物置き

鳥かごの海

0.はじめに

このシナリオはクトゥルフ神話TRPG第六版に対応したものです。
舞台は現代日本、田舎とも都会とも言い難い微妙な市、弥代市(架空の市です)。
ディジャブに導かれた探索者は謎の少女と出会い、辛い選択を強いられることになります。
推奨人数は1~2人程度。オンラインセッションでの予想プレイ時間は8~10時間。
難易度は低めですが、犠牲を強いられる選択があるので人を選ぶ内容となっています。
推奨技能は<目星><聞き耳>に加えて、必須として<芸術:種類問わず>を50%以上。
後は<言いくるめ><説得><心理学>のいずれか、<回避><オカルト>などです。
ハッピーエンドやバッドエンドは存在しない、物悲しい終わり方をするシナリオです。

1.あらすじ

「赤い光が弧を描き、夜の山へと突き刺さる」

探索者は数日前から、そのようなビジョンを含む、不思議な夢を何度も繰り返し見ていました。
夢の中の自分は、見たこともない町にいて、見たこともない山を見上げるだけ。
赤い光が刺さった、それ以降の光景を夢で見ることもなく、モヤモヤした気持ちを抱えて日々を過ごしていました。
そんなある日、弥代市を偶然に訪れた探索者は、何の毛無しに歩いていた路地に奇妙なほどに強い既視感を覚えます。
そしてディジャブを覚えるままに空を見上げた途端、赤い光が弧を描き、夜の山へと突き刺さったのです。

2.シナリオの背景

赤い光の正体は、『術式』と呼ばれる球状に成形された魔力の塊。
アルデバラン星より術者によって送られた、人類を救うための、とある宗教組織の計画の核だったのです。

弥代市の沿岸、『菜々潟』と呼ばれる町に門を構える宗教組織『海鳴教』。
彼らは海の底に存在する、大いなる邪神『クトゥルフ(基本ルールブック p.213)』の存在を知覚し、秘密裏に彼から人類を守るための手段を模索し続ける、いわゆる抗神組織の一つです。
様々な予言、夢分析といったデータを集めた海鳴教は、20XX年(作中の年より3年後)を大いなるクトゥルフの復活の時と考え、それに対抗するための作戦を探していました。

クトゥルフは強大で、人類の科学力では太刀打ち出来ないことは、彼らは十分すぎるほどに知っていました。
幾つもの案が検討され、検証され、廃案され……そして最終的に至った結論は、クトゥルフに対抗するためのものではありませんでした。
人類をかつての姿へと……今は『深きもの(基本ルールブック p.189)』と呼ばれる姿へと退行させ、クトゥルフの眷属として生存するというものだったのです。

現在、人類の祖先はチンパンジーといった霊長類だと考えられていますが、実際はそうではありません。
かつてクトゥルフによる支配に反抗し、海底の楽園から逃げ出すに至った二人の深きもの。彼らこそが全ての人類の祖先だったのです。
彼らは地上で子を作り、その子らは徐々に陸地に適応した進化を遂げ、いつしか自らの祖先の姿、そして大いなるクトゥルフの存在すら忘却していくようになりました。
また、彼らは地上に適応出来る自分たちこそが神に選ばれた存在であり、深きものとしての徴候を残すものたちを劣等種とみなし、排除し始めます。
アフリカ大陸にいた彼らは命からがら海を渡り、様々な大陸へと散らばり、そこで独自に進化を遂げていくこととなりました。
こうして、世界中の大陸に人類が分布するようになったのです(シナリオ上は)。

閑話休題、この事実を知った海鳴教は、クトゥルフの眷属になる、という形での共存に可能性を見出すようになります。
確かに眷属となれば、崇拝し奉仕する神から一方的に滅ぼされる可能性は大幅に低くなるでしょう。
地上で生きることを諦め、海底という新境地に回帰する。それこそが彼らの立てた目標だったのです。

……ですが目標が立ったとしても、実現する可能性が無ければ何ら意味はありません。
彼らはあらゆる手段を模索し、実験しては失敗し続けました。
しかし、人類の救済という大義名分の元に狂騒し続けた彼らは、ついに可能性を見つけることに成功したのです。

鍵となったのは、かつて彼らがクトゥルフの弱点を研究するため、秘密裏に培養していた『クティーラ(基本ルールブックには記載無し)』と呼ばれるクトゥルフの娘に当たる存在のクローンでした。
培養された彼女の全身をくまなく調べた海鳴教は、その卵子に不思議な作用があることを発見します。
人間がそれに触れた場合、遺伝子に刻まれた記憶が蘇り、その体も祖先のものへと退化させてしまうのです。
彼らは当初、その作用を忌み嫌っていました。
ですが、目標を計画へと移すに当たり、それは小さな希望へと変わっていました。
そう、小さな希望。クローンの体はあまりにも小さく、得られる卵子の量も限られ、滅びの日までに人類全てを深きものとするには、到底足りなかったからです。
彼らはその希望を、もっと大きく膨らませることを考えます。
彼女をもっと巨大な姿へと変え、それから得られる大量の卵子を利用することで世界中の人間を退化させる。
それこそが海鳴教の最終目的、人類を救うための作戦となったのです。

『渦波 穂乃果(かなみ ほのか)』は、そんな彼らに協力する者たちの一人です。
彼女は科学ではなく、魔術を使ってオカルト的な方法で計画を実行することを提案します。
『術式』と呼ばれる呪文。それは生命体の模倣品を作る呪文であり、厖大な魔力を持った術式にクローンのクティーラを模倣させることで、一瞬の内に十分な大きさの模倣クティーラを作成しようと言うのです。
海鳴教は彼女と一部のメンバーを宇宙へと送り出し、莫大な魔力を集めさせます。
クトゥルフの娘ほどの強大な存在の模倣品を作るには、地球に残っている魔力では到底足りなかったからです。

彼らはアルデバラン星へと向かい、必要な魔力を集めていました。
そこはクトゥルフと拮抗するほどの強大な神、『ハスター『基本ルールブック p.225)』の住まう星にもっとも近い星……
強大な力は、そこにあるだけで周囲に影響を与えます。
ハスターの膝下であるアルデバラン星であれば、彼から溢れ出る魔力を帯びているかもしれない、そう考えたのです。

そして、その目論見は正しいものでした。
彼女とメンバーが宇宙へ旅立ってから3年後、彼女らは作り上げた『術式』を地球へと送ることに成功したのです。
それにより存在を察された彼女らはハスターに惨殺されてしまいますが、その結末は納得ずくのものでした。

……ですが、ここでアクシデントが起こります。
彼らはあくまで民間人であり、宇宙についても正確な知識を持ち合わせていませんでした。
地球が公転しており、あらかじめ計算していた位置に術式を送るのは難しい、と彼らはその日まで気づいていなかったのです。
宇宙における地球の位置は、日々変化しています。アルデバランから見た地球の位置も同じです。
彼らは懸命に座標を補正し、なるべく誤差を起こさないように地上へと術式を送りますが、やはりそれは避けられませんでした。
術式は弥代市の指定ポイント……菜々潟近海でなく、日登山の頂上へと落下します。
そして最悪なことに、その一瞬の光景を目撃し、海鳴教の面々より先に器の元へと辿り着いた人物が現れてしまったのです。

それが探索者でした。芸術的な素養を持つ彼は、クトゥルフの復活の時が近づいていることに影響され、近い未来を夢の中で幻視する能力を得ていたのです。
彼はその光景を何度も夢で幻視していました。
そして、その正体を知る前に何度も夢から醒め、好奇心を嫌と言うほどに掻き立てられていました。
彼の他にも何十人かの人間はそれを目撃しましたが、一瞬で消えてしまった隕石に大きな興味は湧かず、何より何の音も破壊も起こらなかったため、単なる見間違いだと考えていたのです。

探索者はいの一番に頂上へたどり着き、術式に手を触れます。
すると術式は無意識下の欲望を読み取り、謎の少女の姿をした模倣品を作り上げました。
そして、人間を模倣した術式は……考える力を得た術式は、おぼろげな記憶に促されるまま、探索者のことを自身の正当な所有者だと思い込み、彼が自分を正しく使ってくれると勘違いしてしまったのです。
困惑する探索者と術式の前に、『小室 久(こむろ ひさし)』……海鳴教の指導者は遅れて到着します。
彼は探索者を非日常に巻き込まないよう、何も教えずに器だけを返してもらおうと考えていました。
しかし、その配慮は仇となってしまいます。探索者は小室を訝しみ、目の前の少女を連れて逃げ出してしまったのです!

3.登場NPC

赤い光の少女、0歳

STR:?? DEX:?? INT:触れた探索者と同一
CON:?? POW:32 EDU:該当せず
SIZ:11 APP:18(出会った当初は21)

彼女はHPを持たない代わりに、32ポイントの装甲を持っています。
ただし装甲を上回るダメージを受けた時、その体は一撃で砕け散ってしまいます。
STRやDEXといった身体的なステータスはそれぞれ最大32ポイント。
それ以内であれば自由に可変させることが可能です。
(ただし、あまりに活躍してしまうと場が白ける恐れがあります)

このシナリオ上、重要な役割を果たす少女です。
当初は人間味が薄く、杓子定規な反応しか返すことはありませんが、ともに行動するに連れて急速に人間味を持ち合わせるようになります。
それに伴い、人智を越えたような美しさは薄れ、人間らしい可愛らしさが代わりに現れます。ゲーム的に言うとはAPPが人間の範囲内に収まります。
しかし、それらも術式に埋め込まれた、言わばプログラムどおりの反応でしかありません……少なくとも、当初は。
性格はキーパーの判断や、探索者の好みに合わせて設定してあげると良いでしょう。
その体は一つの術式であり、それが一つの単位になっています。
そのため、どれだけ攻撃を受けても彼女が傷つくことはありません。

小室 久(こむろ ひさし)、63歳

宗教組織『海鳴教』の代表です。
生まれた時から深きものの身体的特徴を有しており、それにより排斥されていた過去があります。
現在は穏やかな性格の好々爺ですが、人間からはどこか忌まわしい雰囲気を持っているように感じられてしまいます。
彼の生きる目的は、クトゥルフの脅威から人類を救うことであり、そのために手段は選びません。
ですが、甘さや優しさを捨てきれていないため、その行動はどこか不合理で一貫性を欠いたものとなっています。

渦波 穂乃果(かなみ ほのか)、37歳

オカルト研究に携わる女性で、平時は近隣の工場で事務員をしていました。
お世辞にも美人とはいえず、趣味もあってか職場の人間からプライベートの誘いを受けたことはありませんでした。
孫を催促し、お見合い話を時折持ち込んだ両親も既に亡くなり、親戚づきあいも稀有だったため、彼女は悠々自適に趣味を楽しんでいます。
小室とは研究サイトを立ち上げた頃からの友人で、年齢を越えた友情関係にあるようです。
大義のためにその命を捧げましたが、それが正しいものであるかより、それが偉大なものであることに意義を覚えていた節があります。

クティーラ、?????歳

基本ルールブックに記載が無いため、シナリオ上での設定について解説します。
クティーラはクトゥルフの娘に当たる存在で、父が死に瀕した時には自らの子宮に彼を宿し、胎内で生まれ変わった彼を再び産み落とすとされています。
その役割から、彼女の存在は世界中の関連資料から抹消されており、クトゥルフにまつわる碑文を追っていたものは、たびたび不自然に何か内容が削り落とされているのを目にしています。
秘められし子である彼女はダゴンやハイドラ、深きものたちから奉仕を受けつつ平穏に暮らしていましたが、1980年に起きたアメリカの核実験(その実は、彼女を抹殺するための抗神組織の作戦)により、傷つき体の一部を失い、海のどこかへと逃げ去りました。

彼女を傷つけられたクトゥルフの怒りは恐ろしく、精神波だけで世界中の感受性の高い者たちを発狂させ、3日間に及ぶ大災害でニューイングランド一帯に壊滅的な被害を与えました。

以後の消息については、人間にも深きものどもにも謎のままとなっています。
ただ、彼女の体の一部は霊験にあやかろうとする者たちによって回収され、細分化されてカルト教団や好事家の間に出回りました。
海鳴教も深きものとの接触で得たコネを使い、その一部を取得した団体の一つです。
当時の彼らはクトゥルフの弱点を探す目的で彼女を培養していましたが、今は彼女を利用し、全人類をクトゥルフの従者とする計画を企てています。

なお、これらの情報は当シナリオで登場する範囲のものであり、元の登場作品や資料などとは色々違いがありますのでご了承ください。
彼女については、ブライアン・ラムレイ著『タイタス・クロウの帰還』に載っています。

4.導入

赤い光を見上げた探索者は、気づけば弥代市にある山、日登(ひのと)山の最寄り駅『日登』にまで来ていました。
駅前ロータリーにはコンビニ程度くらいしかありませんが、山登りに必要な品を仕入れることは出来るでしょう。
このコンビニは、のちに探索者が追われることになった際、(技能次第ですが)避難所として利用することも可能です。

日登山の登山道は観光客向けに整備されており、駅前から続く山の入り口への遊歩道から、螺旋状の登山道が頂上まで続いています。
探索者は徒歩なら1時間ほど掛け、山道を登ります。頂上に近づくにつれ、何やら不思議な色の光が見えてくることに気づくでしょう。
頂上にたどり着いた探索者は、50mほどの広さの拓けた土地の中央に、神秘的な光彩を流動させ続ける、奇怪な3~4mほどの球体を見つけます。
それは地面からは少し浮遊しており、周囲の空間からも隔絶されているような印象を受けます。
探索者が球体に触れると、イベントが発生します。

光の変遷

球体に触れようとすると、その表面に波紋が走り、触れた途端に閃光が走ります。
世界がぐるぐると渦を巻くような感覚とともに、目の前の球体は変化し続け、やがて長方形に似た形を作り出します。
それは何度か試すように形を歪ませ、それから均整の取れた流線型へと変動し、人の形を作り上げます。
最終的に光から現れたのは、150cmほどの背丈の、小さな少女です。

それは非現実的なほどに愛らしく、整った容姿をしています。
表情は欠け、どこか人間味を感じさせない冷たさはありますが、それでも息を呑ませる美しさに満ちていたのです。
球体の変貌、そしてそこから生まれた非現実的な少女を目撃した探索者は、『1/1d4』正気度を失います。

少女との出会い

少女は一切服を着ておらず、そのことを気にする様子もありません。
第一声は、「あなたが」「連れて行ってくれますか」という簡素なものです。
模倣を終えたばかりの彼女に自我はなく、ただ目的を果たすため、目の前の人間にクティーラの居場所へと連れて行ってもらおうとしているのです。
しかし、当然ながら探索者はそんな場所は知りませんし、彼女もそれ以上の記憶は持たず、二人の間に会話は成り立ちません。
困惑する少女から得られる情報は以下の程度です。

会話による情報

●『これ(彼女は私、や自分、といった言葉は使いません。自分を人間だと考えていないからです)』は宇宙から地球へ、目的を果たすために送られた。
●あなたは『これ』を連れて行ってくれるはずだ。何も思い出せないが、それだけはハッキリと分かっている。
●『これ』を創ったのは……今はまだ、思い出せない。
●『これ』に名前はない。必要がないからだ。

5.怪しい男との遭遇

ある程度、彼女とコミュニケーションを取った後に、キーパーはこのイベントを発生させます。
探索者の背後から冷たい声が掛けられ、振り返ると季節に不釣り合いな厚着をした、60代半ばくらいの男性が立っているのです。
彼の声にはどこか冷たさがあり、表情は濁り湿った印象を受け、全体として潜在的な忌まわしさを感じさせます。

探索者はこの時は知りませんが、彼の名前は小室 久といいます。
彼は予定外の地に術式=『器』が落下してしまったのを知り、大慌てで教団のメンバーを引き連れ、駆けつけたのです。
彼は部外者である探索者を巻き込まないため、平和的に説得して器を手放してもらおうと考えています。
頂上に訪れたのが彼一人だけであるのも、不用意に彼を刺激しないためです。

彼は少女のことを『それ』と呼び、探索者の質問には一切答えようとせず、ただ少女を引き渡し、全て忘れるように迫ります。
ですがキーパーは彼を、人間味のない完全な悪党のように動かさない方が良いでしょう。

不用意に彼女を引き渡してしまう探索者はまずいないでしょうが、探索者がそのような行動に出たり、あるいは対応に悩んでいた場合、以下のイベントを発生させます。
「いいから、早くそれを……器を我々に返してもらおう。君が持っていたところで、誰のためにもならないぞ!」
と、焦った様子で彼が食って掛かるのです。探索者はこの時、厚着に隠された襟元に何かおかしなものが覗いたような気がします。
<目星>に成功すると、彼の首筋にある『鰓『えら)』に気づいてしまい、それがぱくぱくと酸素を取り込む動きをし、皮膚と同化していることを知ります。 <深きもの>を目撃した探索者は正気度を『0/1d6』ポイント喪失します。

6.夜中の逃亡

探索者はこの奇怪な存在と、戦うか逃げるかしようと考えるでしょう。
しかし、戦うのは得策ではありません。キーパーは彼と問答している最中、足音が近づいてくるなどと描写し、それを伝えると良いでしょう。
探索者が逃亡ルートを探そうと辺りを見渡した場合、以下の情報を伝えます。

●頂上は50mほどの拓けた空間で、物はほとんど無い。
 転落防止用のロープが低い高さに張られており、全体を囲っている。
 ロープの奥は斜面になっており、その角度はバラバラだ。
 だが、そこを下れば最終的に登山道のどこかへ出るのは共通しているだろう。
 真正面からも逃げることは出来る。目の前の男を上手く避ければ登山道の方へ戻れるかもしれないだろう。道幅は3mほど。不可能ではない。

さらに、<芸術>を50%以上持っている探索者は、以下の情報を取得します。
これは目覚めようとしているクトゥルフの念波を受け取った探索者が、脳裏に作り出した未来のイメージです。

●その斜面を見下ろした途端、奇妙なディジャブに襲われた。
 急速に記憶が掘り起こされ、君の視界を埋め尽くす。君は夢の中で、空からその景色を見たことがあったのだ。
 海面が上昇し、町も人も何もかもを飲み込んでしまう夢。そこに登場したのが、その景色だった。
 日登山も例外でなく、海面は山の頂上にまで達し、山を飲み込んだ。君はそれを空からの視点で見下ろしていたのだ。
 ……夢の最後には、地上という概念が消えてしまっていた。そして、海の中から何かが立ち上がろうとしていた。
 そこで目が覚めても、海中から覗いた巨大な双眸への恐怖は、その日一日取り払われることは無かった。

探索者が逃げ出した場合、どちらのルートにせよ、まずは一つの判定が必要になります。
正面から逃げるのなら、小室を驚かせたり怯ませたり、あるいは脇をすり抜けられるかの判定。
斜面を下るのなら、駆け下りる難度に応じた数値をDEXに掛けた値での判定です。
判定に成功すれば、探索者は登山道へと戻り、麓へと駆け戻ろうとすることが出来ます。
失敗しても、<幸運>に成功すれば転倒(あるいは捕縛)されずに済み、それに失敗しても1d6ポイントのダメージを受けるのみで済みます。
ここで探索者が捕まってしまうのは、海鳴教にとっては良い結末ですが、プレイヤーやキーパーにとっては良い結末ではありません。
上記はサンプルですが、緊張感を維持しつつ、探索者が無事に逃げきれるようなキーパリングを適時行うことが求められます。

さて、登山道へと降りられた探索者たちの前には障害が立ちはだかります。
小室の部下であり、器を確保せんとする海鳴教の信者の一人が、目の前に現れるのです。
彼はまぶたを持たず、まんまるとした眼球が突出し、やはり首筋には鰓があり、荒い口からの呼吸に応じて、荒く酸素を取り込んでいます。
ここで初めて深きものを目撃した探索者は『0/1d6』正気度を失います。

彼の武器はスタンロッド(警棒状のスタンガン)です。
攻撃判定に必要な<小さな棍棒>の値は初期値であり、命中する確率はかなり低めですが、攻撃が成功し、<回避>にも失敗してしまった場合、探索者は痺れと目眩から1ラウンドの間行動が出来なくなります。 失敗か、<回避>に成功した場合、明らかに人外の膂力でロッドは地面へと叩きつけられ、水面に岩を落としたように土砂が弾けます。

以下は、不幸にも攻撃が命中してしまった場合の処理です。
麻痺の最中は、探索者はいかなる行動も取れません。
男はこのチャンスを逃さず、完全に探索者を行動不能にしてしまおうと、みぞおちを狙ってロッドを思い切り突き出すのです。
もはや絶体絶命かと思われたその時、少女が探索者の前に立ちはだかり、代わりにロッドの一撃を受けます。
……ですが、事態は思わぬ方向に進みます。みぞおちに当たったはずのロッドは、先端からグニャグニャと曲がり、くず鉄となって地面に落ちてしまうのです。 男は呆然として息を呑み、その間に探索者のコンディションは行動可能な状態へと戻ります。
しかし、目の前の少女が起こした不可解な現象に対し、『1/1d3』正気度を喪失します。

男の妨害を乗り越えると、探索者はようやく自由に行動出来るようになり、不自然に足の遅い男たちを引き離し、麓へと駆け戻ることが出来ます。
逃避行もようやく終盤です。

7.逃亡の終わり

麓へ戻り、少し走ると駅前のロータリーに出ます。
時刻は夜の11時ほどで、電車が来るまでには、まだ15分ほど時間があります。
探索者はじきに追ってくるだろう男たちから身を隠さなければなりません。

ロータリーにある施設は、コンビニに幾つかのビル程度。
コンビニに客はおらず、ビルは明かりを一部屋だけ灯し、あとは静かなムードを保っています。
有人施設であれば、<言いくるめ><説得><信用>などのロールに成功することで匿ってもらうことが可能です。
ただし、少女が完全に服を着ていない場合、それらの技能値に-10の補正を掛けます。裸体の彼女を気遣っていないことに不信感を持たれてしまうのです。
協力してもらうことが出来れば、探索者たちはどこか匿うことの出来る部屋(コンビニなら休憩室、ビルなら資料室など、部外者の立ち入れない場所)に入れられ、じっと息を潜めることになります。 待っている彼らは、やがて荒い息遣いの男たちが施設に入ってきたことに音の変化から気づきます。
男たちの一方は施設の職員を威圧しますが、職員に監視カメラがあることを伝えられるとたじろぎます。
すると、もう一方が「怪しいものではありません。僕たちは<菜々潟>の……」と言い逃れようとしますが、一方に「余計なことを言うな」と諭され、結局は二人揃って出ていきます。
それから30分もすれば、海鳴教の面々はロータリーからいなくなり、探索者たちはようやく一息つくことが出来るようになります。

協力を得られなかった場合でも、探索者はとにかく逃げなければなりません。
幸運なことに、探索者が時計を確認すれば、時刻は電車の到着する3分前になっています。
ロータリーをうろつく海鳴教の面々から逃げ切ることが出来れば、電車にギリギリのタイミングで乗車でき、ひとまず彼らを振り切ることが出来るでしょう。
逃げ切るための判定については、『捕まらずにホームに駆け込めるか<DEX*5>』など、探索者からの提案によってキーパーが決定します。

8.不穏な平穏

探索者が窮地から脱し、落ち着いた状況になった後のイベントです。
少女が探索者に話しかけ、これからどこへ向かうのかと尋ねます。
パッとそれに対し、明確で筋の通った答えを出せることはあまり無いでしょう。
探索者の答えに対し、彼女は少し黙ってから「もし良ければ、知っていること、思い出したことについて話そうか」と提案します。
彼女が自発的に提案や行動を起こすのは、多くの場合これが初めてとなります。
探索者が同意すると、彼女は『6』に記載してある情報に加え、以下のことを教えてくれます。

会話による情報

●これを創ったのは、『カナミ ホノカ』という人間。女性である。
●カナミについては、これが製造される過程において、いくらか情報が混ざりこんでいる。
彼女は交友範囲の狭く、西から月明かりの差す部屋で小さな机に向かい、椅子に座って本ばかり読んでいたような女性である。
●これの製造目的は、人類を救うことだ。具体的にどのような手段で、何からかまでは思い出せない。

カナミについて

カナミについて、漢字表記は『渦波 穂乃果』であることも彼女は覚えており、教えてほしいと尋ねれば教えてもらえます。
また、彼女についてスマートフォンなどで検索すると、カタカナのみ知っているなら<図書館>の成功、漢字を知っているのなら無条件で彼女のホームページへと辿りつくことができます。
渦波は『超常現象、不思議研究趣味のページ』なる、飾りっけのないオカルト研究のホームページを作成しています。
研究内容については、個人的な好奇心を満たす以外では役に立たなそうなものばかり(実際、シナリオ上も大きな意味のないものだと伝える必要があります)ですが、彼女はホームページ上に、情報提供を求めるために自身の住所と名前を記載しています。
住所は『弥代市無紙(むかみ)1丁目11-7』というもので、日登駅から電車で3駅の『伊津坂』駅が最寄り駅となっており、そこから徒歩で30分ほどの距離となっています。
ホームページは、ちょうど3年前から更新が停止しています。

9.渦波の自宅

彼女の自宅のある『無紙』は、弥代市内でも特に発展の格差が激しい場所です。
駅から5分の位置にある大型ショッピングモールは連日繁盛しており、そこから少し離れれば出店に伴い乱立した、未だ建築中のものも多い大型マンションが立ち並びます。
ですが、そこからさらに離れてしまえば、あるのは錆びた『テナント募集』の看板の掛かる廃商店や、老婦人がいつまでも店頭に立っているようなコンビニ、それに年代を感じさせる古民家程度のもの。

渦波の自宅は、未だ建築中の6階建てのマンションの真正面にあります。
威圧的な鉄骨群に見下ろされる1階建ては、虚勢を張るような高い切妻屋根に得体のしれない葉っぱを垂らし、コンクリートが剥き出しの壁面はそれとないヒビやカビめいた植物をアクセントとした、忍耐力を鍛えられそうな作りとなっています。
少女は彼女の玄関前に着くと、何かを思い出したかのように探索者に話しかけます。
渦波は何事も保険を掛けないと気の済まない性格で、おそらく家の鍵も失くしてしまっても入れるよう、隠していると言うのです。
そう言いながら彼女は玄関付近の物を手当たり次第にひっくり返し、植木鉢の下から鍵を取り出します。

開かれたドアの先、玄関はしんと静まり返っています。
居間や台所の生活痕は当分前に途絶えており、新聞や雑誌などを手にとって見ても、やはり3年前から家には誰もいなかったようです。
この家で重要となるのは、書斎と寝室の二部屋です。寝室は西側、書斎は東側にあり、それぞれ扉の区切りも無いため、自由に出入りが出来ます。

寝室の探索

寝室は狭苦しく、スプリングの飛び出たベッドは色とりどりの害虫の棲家となっており、脇に置かれたサイドテーブルには空っぽの酒瓶と写真立てが置かれ、恨めしげにベッドの今のベッドの主を横目で眺めています。
酒瓶には市販の安い日本酒のラベルが貼られ、透明な瓶の底に艶のある黄金色の液体が僅かに残っているのが目に入ります。

この酒瓶に入っているのは、『黄金の蜂蜜酒』と呼ばれる非常に貴重な酒です。
これは人間の体を精神と肉体の二つに分け、肉体を魔法の力で保護している間、精神は自由に飛び回ることが可能とさせるというものです。
蜂蜜酒と『星間の運び手』と呼ばれる生物の力を借りることで、渦波は宇宙へと行くことが出来たのです。
……しかし、今の探索者の目には単なる液体にしか見えませんし、作用を起こすほどの量もありません。

写真立てには一枚の写真が飾られています。写っているのは公共施設のような一階建ての建物と、その背景で自己出張している鮮烈な色彩の煙突。そして数人の、背丈も年齢のバラバラな男女です。
建物には表札が掲示されており、そこに本来施設名も書いてあるようなのですが、逆光に隠されて見えなくなってしまっています。

少女に写真を見せると、その中の一人に見覚えがあると言います。
それはどこかぎこちない笑みを浮かべた、30代半ばの生真面目そうな女性です。
顔つきはお世辞にも美人とは言えず、首の後で黒髪を雑に束ねた洒落っ気のない髪型と、ファッション雑誌から抜き出したような全く似合わない小洒落た服装が、全体としてチグハグな冴えない印象を浮かばせています。
そして、そんな彼女の隣には60代に入ったばかりに見える男性の姿があります。
……それを見た途端、探索者は仰天することになるでしょう。彼はあの山の頂上で見た、冷たい声の男に間違いないのですから。
さらに写真を良く見ると、やはりあの山で見かけた、スタンロッドで襲いかかってきた男の姿も認められます。
ですが、彼らの外見にはあの時と大きな差があります。鰓が無いのです。
写真の裏を調べると、『本部前にて、同士たちと』というメモ書きを見つけることが出来ます。

書斎の探索

書斎にあるのは大きな引き出しのない机に背の高い本棚程度です。
窓は東側にあり、カーテンは閉じられています。
本棚はオカルト関係の本で埋め尽くされており、非常に胡散臭い雰囲気を漂わせています。
机の上にはインクと筆ペン以外何もなく、ノートや白紙などは見られません。
本棚を見た探索者は<アイデア>に成功すれば、明らかに場違いな本が入っていることに気づきます。
『人類の来歴』という本です。内容は大まかに抜粋すると以下の通りになります。

『人類はおおよそ500万年前、チンパンジーのような猿から分岐し、そこから数多の分岐の先に至った種のことを指す』
『彼らはアフリカ大陸にて誕生し、そこから陸伝いに移動を繰り返し、世界各国に分布するに至った。それが今の常識となっている』
『だが、まだ謎は残されている。アフリカ大陸にて最も古い化石が発掘されたことから、原初の種がそこに存在したことはまず間違いないと思われるのだが……』
『しかし、そこからは? 陸伝いでの移動、それは本当に可能だったのか? 彼らは現在の我々よりは屈強な存在だったとはいえ、それでも世界中を移動し、別の大陸から別の大陸へと移動を繰り返せるほどに頑健だったのか?』
『そもそも、なぜ人類はそれほどの大移動を行ったのか? 各所で見つかった化石は、何よりも雄弁にその事実を物語っている。だが、それが何故行われたかについての答えはない』
『しかし、いずれ科学はそれを解き明かすだろう。この本が一人でも多くの者に触れ、未来の人類学者を生む一助になれば幸いである……』

また、この本棚は<オカルト>によって調べることも出来ます。
成功した場合、その探索者にとって本棚に並べられた本たちは、実に馴染みのある顔ぶれとなっています。
ですが、その中に見たことも聞いたこともない著者によって書かれた本が数冊混じっているのです。
それらの本の内容を抜粋すると、以下のような内容となります。

『……一般に周知されている神というものは、所詮は思い込みと妄想、そして薬物から生まれたものに過ぎない』
『しかし、宇宙には本物の神が存在する。全知全能でこそなくとも、それに近い力を持った偉大なる存在が』
『人類の指導者たちは偽りの楼閣を築くため、神々の真実を闇へと葬り、知識を持つ者たちを邪教の徒として弾圧した』
『海底に沈み、今なお傷の癒える時を待ち続ける、大いなる水の神の信仰も、弾圧と迫害に晒された歴史を持っている』
『水の神はかつては宇宙に存在し、様々な星を支配していた。だが彼はある時、風の神と戦いを起こし、小さな星へと堕とされたのである』
『その星はかねてより生物に満ちた、自然の豊かな星であった。水の神は海の底へと沈むと、彼の座する都とともに眠りに就いた。戦いの傷が癒え、再び目覚める日を夢見て』
『だが、その日は人類によってずらされ、遅らされ続けている。ほんの20年ほど前にもアメリカのとある漁村にて、水の神の復活の日を遅らせるための計画が実行に移された。核爆弾を海中に設置し、爆破させたのだ』
『この時、攻撃を受けたのは水の神そのもの、あるいはそれに繋がるものとされる。この攻撃の結果、彼らは敵を多少傷つけ、体の一部を損傷させるという細やかな戦果を上げた……』
『しかし、翌日に水の神は報復を行ったのだ。それから数日間、世界を混乱に陥れた<怪嵐>は読者諸兄の耳にも馴染みのあるものだろう』
『前例のない規模の自然災害が一斉に訪れた上、世界中の精神病棟における幻覚や妄想によって入院していた患者たちが暴徒と化し、周囲に破壊をもたらしたという事件まで発生した、あの事件である』
『全ての天災が不自然なほどに一致したタイミングでピタリと止んだのは、もはやそれが神意的なものであることを疑わざるを得ないだろう』
『この事件から数ヶ月間、世界中で不可解な夢……地上が大波に洗い流され、水没する……を繰り返し見る、という症状を訴える患者が急増したのも、それが一因だ』
『水の神の怒り、それによって放たれた強烈な念波が感受性の高い人間の脳を揺さぶり、未来の光景を夢の中で幻視させた』
『彼らは眠りの中で放出される水の神の微弱な念波を受け取ってしまい、未来を幻視する能力を得てしまったのだ』

<オカルト>に成功していた探索者は、『怪嵐』についても知識を持っています。
ただ、世界中の精神病棟での暴徒化、繰り返し夢を見る者が今に至るまで現れている、というのは初耳です。
また、この本を読んだ探索者は<クトゥルフ神話>を3%獲得します。

10.月明かりの部屋

家を見回り終えると、少女は怪訝そうな表情……これも、出会った頃には無かったもの……を作り、記憶にある部屋が見当たらないのを不思議に思います。
探索者がその部屋のことを覚えていなければ、もう一度少女の口から言わせると良いでしょう。
書斎にあるのは大きな机ですし、窓は東側にあります。寝室の窓は西側ですが、小さな机も椅子も見当たりません。
どこかから持ってきたのかと思っても、それらの品々は家の中からは見つからないのです。
実はこの家には屋根裏部屋があり、寝室に入り口があります。探索者が背伸びして天井を調べて回れば、構成する板の一枚が剥がせることに気づくでしょう。

板を剥がすと、上に積もっていたホコリが降ってきて目に入ってしまいます。
思わず目を閉じてしまい、首筋に『ぴちゃり』と何かが一滴掛かったことに気づけるでしょう。
それを拭おうとして手を伸ばすと、恐ろしいことに首筋の皮が剥がれてしまいます。
……探索者が目を何とか開けると、首筋の皮膚が下部の筋組織ごと剥がれて骨を覗かせ、めくれ上がっていることに気づきます。
すると、息を呑む探索者の前で筋組織がほどけ、短冊状に分かれてヒダを形成し、また首筋へと戻っていくのです。
呼吸を止めていた探索者は、やがて口から呼吸を行っていないのに苦しくないことに気づきます。
そして口呼吸を止めている間にも、変わらず首筋の皮膚は剥がれ、戻る運動を繰り返し……酸素を取り込んでいたことを察してしまうのです。
自身の体に生まれ、同化していた『鰓』を認めた探索者は『1d3/1d10』正気度を喪失します。

少女が服を着ていれば、血相を変えてそれの一部をちぎり、探索者の首筋から液体を拭い去ろうとします。
けれども、それによって何かが起こることはありません。

液体は一度落ちてきたのみで、それ以降降ってくることはありません。
注意しつつ屋根裏に登ると、そこには小さな机とその上に並んだ筆記具、椅子、そして小さなガラス片があり……
部屋の最奥部にて壁に背を預け、安らいだ表情を浮かべて眠っている女性が一人、目に映ります。
近づいて見ると、年の瀬は30代半ばと言ったところ。お世辞にも美人とは言えず、暗闇の中でも明らかにおかしな……緑色の混じった肌の色をしており、投げ出された素足にはどこかウロコのような硬質さが感じ取れます。
彼女は全体的に死人のような物静かさを持ち、単なる置き物であると誤認させるような雰囲気をまとっていました。
その体の上にほこりが積もっていたことも、その印象に拍車を掛けたことでしょう。
探索者が既に寝室の写真を見ていたのなら、それが渦波穂乃果であることに気づけます。
<目星>に成功すると、彼女の肌が薄い透明の膜に覆われ、ホコリはその上にだけ積もっているのが見えるでしょう。

これは渦波穂乃果の肉体ですが、精神は既に失われてしまっています。
彼女の精神はプレアデス星団にてハスターに捕らえられ、いとも容易く握りつぶされて消滅してしまったのです。
精神がこれほどに脆く崩れ去ってしまったことは、彼女の魂にとっては幸運なことだったでしょう。

残された肉体は非常に不安定な状態にあり、軽く触れただけで『ぴきり』と軽い音を立て、全ての色味を失って砂柱となり、床に崩れて消えてしまいます。
この異様な光景を目撃した探索者は『1/1d4』正気度を喪失します。
消えた後に残されるのは、『本部』と『培養室』と書かれた2つの鍵のついたリングです。

11.彼女の足跡

机の上には小さな大学ノートがあり、引き出しの中には数枚のメモが散らばっています。
筆記用具は実にありふれたものです。椅子もあまり高価なものではなく、ガラス片は周囲に散らばり、一部に粘性のある灰色の液体を付着させています。
この液体は奇妙なことに、床に吸い込まれたり蒸発したりして消滅することはありません。

液体の正体は、『クトゥルフの秘められし子』と呼ばれる存在、『クティーラ』の(正確には、その複製の)卵子を希釈したものです。
彼女はいつか来るクトゥルフの死後、その亡骸を子宮に宿し、再び産み落とす役割を持っているとされています。
そして、その卵巣から得られる卵子や、その他の細胞は深きものたちを活性化させ、霊的なエネルギーを増幅させる力があったのです。
これを人間に与えた場合、遺伝子に刻まれた深きものとしての記憶が蘇り、身体構造を作り変えてしまいます。
探索者の首筋から生まれた鰓は、それによって生まれたものだったのです。
……とはいえ、探索者がそれらを知るのはもう少し後となり、液体はいかなる人間の知識にも解析出来ず、この場では謎の液体に留まります。

小さな大学ノートにはボールペンで几帳面な文字が綴られています。
保存環境こそ最悪であったものの、さすがに読むに困難となるほどの障害は見受けられません。
ノートに書かれた内容をまとめると、以下のようになります。

渦波の研究ノート

『菜々潟の本部で、教団の同志たちに伝える前に、研究成果は自分用のノートへとまとめておくこと』
『人類の存続を図るには、一刻も早い器の入手が不可欠となる。2013年の今となっては、滅びの日までは後6年しかない』
『退化を引き起こす灰色の液体を産む、姫君の成長を待つにはもう時間が無いのだ』
『同士を危険に曝さず、安全に器を入手する手段を模索してきたが……崩壊の日が訪れれば人類は終焉を迎える』
『手遅れになるくらいなら、多少の犠牲を払うことになろうとも……』

ページを捲ると、次のページにも、ぎっしりと几帳面な文字が綴られています。

『術式についてまとめよう。術式は器となるものだが大きな危険をも内包する』
『一つ、作成に際し地球を離れなければならない。もはや地球には自由な超エネルギーは存在しない』
『候補として上がるのは、かの黄衣の王の住まう星、それにもっとも近い星であるアルデバラン星などだ』
『強すぎる力は、そこにあるだけで周囲に影響を与える。彼の付近にある星もまた、強い魔力を宿している可能性は高いだろう』
『それほどの物であれば、術式を作るのにも十分だ……だが、問題となるのはやはり黄衣の王そのものだ』
『彼にとって人類など、ダニやノミといった卑小な生物にすら成り得ない。殺意を向けるまでもない、文字通り風の前の塵に等しいのだ』
『そんな塵が彼の膝下で目立つような行動を取れば……どうなるかなど、推察する価値も無いだろう』
『だが、やらねばならない。身寄りのない私なら犠牲となっても悲しむものはいない』
『底辺の人生を送ってきたこの命が、せめて誰かの役に立つのなら本望だ……』

この内容を読んだ探索者は<クトゥルフ神話>を2%獲得します。
引き出しの中のメモは、まとめると以下のような内容となります。

『魔術の行使にあたり、最も必要なものは安全性。保険は絶対に用意しなければならない』
『未知の力への警戒はし過ぎてもし過ぎることはない。制御不能となってから対策を考えるようでは遅いのだ』
『解除呪文は古代の魔術師たちに用いられてきた、保険の一つである。術式に練り込んだ魔力を解放し、その場に霧散させる方法だ』
『ただ、練りこまれた魔力自体が厖大なものであった場合、魔力の解放は霧散では済まず、多大な危険をもたらすだろう』
『魔力は自我も意思も無い、単なるエネルギーだからだ。この方法は言わば、不発弾を叩いて爆発させるようなものである。かんしゃく玉程度ならいいが、手榴弾を手元で爆発させれば、そんな間抜けは木っ端微塵に砕け散るのみだ』

『解除呪文は術者が決める、パスワードのようなものだ。私の術式への解除呪文は、こうしてメモへと残しておく』
『や・から・いえむぐ・ぬむ・らん』

12.海鳴教、そのアジトへ

探索者はここでようやく、何らかの教団が事態の背後に存在する、という事実に行き当たります。
しかし、それがどういった団体で、どんな名前かまでは知ることは出来ません。
ここから教団のアジトを見つけ出すためには、これまでに得た情報を精査する必要があるでしょう。

今わかっているのは、本部が菜々潟にあり、写真に写っているのが本部だろうと思われる程度です。
『菜々潟にある新興宗教の施設』で検索エンジンに掛けたり、あるいは地元のタクシー運転手に案内を頼んだりすることで、本部へ向かうことが出来ます。
煙突から探るのも冴えた方法の一つでしょう。あの目立つ煙突は地域写真などにもたくさん写り込んでおり、そこから大まかな位置を推察することも可能です。

『海鳴教』という名を知った場合、インターネットで検索することも出来ますが、情報はかなり限られています。
彼らはホームページを持っていないらしく、僅かに地域住民のSNSへの書き込みが見られたり、掲示板などでどういう団体なのかと訝しまれているのが分かる程度です。
教義や代表者については、現時点では謎のままとなります。

探索者が情報を得て家を出ようとすると、玄関で物音を聞きます。
誰かが家の前にいて、気配を察知したのか急いで逃げていったのです。
家を出ると彼の後ろ姿が見えますが、バイクに乗って行ったため追いつくことは出来ません。
彼は海鳴教の一人で、渦波の自宅前での張り込みを命じられ、しっかりと見張っていたのです。
彼らは現在、探索者たちを無理やり捕らえようとは考えていません。
不手際で事態に巻き込んでしまい、秘密に踏み込ませてしまった以上、探索者には全てを知る権利があると考えているのです。

13.静まり返った本部

菜々潟は海の近くにある町で、特に夜は波音だけが聞こえる静かな空間です。
海岸沿いに進んでいくと、代わり映えのない倉庫の群れが横目に見えます。
それは海の雄大さとは対象的な、無機質な大きさを感じさせるでしょう。
辺り一帯は倉庫に工場、それに漁業の施設が敷き詰められ、その合間に幅の広い道路が続く、何ら面白みのない地帯となっています。

海鳴教の本部はそんな倉庫街からやや離れた、海岸沿いに位置しています。
外観には華美な装飾は施されておらず、落ち着いた色合いをした一階建ての建物はまるで公共施設のような印象を受けるでしょう。
宗教法人・海鳴教という文字が逆に違和感を浮かばせてしまうほどです。中からは人の気配はせず、昼・夜に関わらずカーテンが降りています。
渦波の持っていた鍵を使うと、閉まっていた扉を開くことが出来ます。ここは最後の探索地点であり、少女と交流出来る最後の機会です。
施設内の概要については地図を参照(クリックすると大きなサイズになります)してください。ここからは部屋ごとの内容について記述していきます。
共通点としては、部屋の扉の前には必ずプレートが掛けられており、外から中が何の部屋かは把握することが可能です。

施設内マップ


※写真:あやえも研究所さん
加工元:norfolkdistrictさん

フォント:ほのか明朝
ほのか明朝はIPAexフォントの派生プログラムです。

事務室

鍵が掛かっており、入ることが出来ません。
<鍵開け>などで解錠することは可能ですが、入るメリットも特にはありません。
それでも入った場合、綺麗に整頓された机や経理関係の資料を見つけます。
海鳴教は様々な企業から多額の寄付を受けていますが、それらの団体はどれも聞いたこともないものです。
それもそのはず、それらはトンネル企業であり、書類上にしか実体がないものだからです。
彼らは多方面に、神話的な恐怖を体感させることにより得た信者を抱えています。(あの液体は稀に、そのような目的にも使われていたようです)
また、首を突っ込んできた政府の調査員なども、やはり恐怖によって信徒と変えています。

応接室

狭い応接室。窓からは海の景色を一望することが出来ます。
こちらも鍵が掛かっていて入ることは出来ませんが、やはり<鍵開け>すれば入れます。
中にあるのは、それなりに立派なソファやテーブルといった、一般的な応接室といった光景です。
得られる情報はありませんが、置いてある茶菓子はなかなか美味しいものとなっています。

倉庫

彼らの武器などを仕舞っておく倉庫です。やはり鍵を掛けられています。
ひんやりとした冷たい空間で、件のスタンロッドもここに数本保管されています。
持ち運ぶ場合、<小さな棍棒>として扱います。基本命中率は25%であり、命中すれば<ショック>の判定を行います。
ただし、このスタンロッドが役に立つ展開になることはめったに無いでしょう。
多くの場合、このアジトに入ってしまえば後は多勢に無勢の展開にしかならないからです。

培養室

この部屋のみ、電子ロックと物理ロックの二重の手段で防御が行われています。
ですが電子ロックは解除されており、物理ロックさえ渦波の鍵で開けてしまえば簡単に入ることが可能です。
明らかに不自然であり、嫌な予感がするプレイヤーも多いでしょう。

部屋の中にあるのは、分厚いガラス張りの巨大な水槽、その前面に取り付けられた奇妙な装置。
そして水槽に浮かんでいるのは、培養液に浸された全長50cmほどの灰色の風船のような忌まわしい物体です。
ウロコに覆われたゴムのような質感を持ったそれには小さな突起が数カ所生まれており、そこから緑色をした細い管が伸びています。
背中の管はコウモリの翼の骨のように折れ曲がっており、球体の上部……人間なら頭に類する場所からは小さな2つの眼球が胴体に埋もれるようにして覗いています。
上下左右に二箇所づつ……やはり人間に例えるなら両腕、両足に当たる場所にも突起は見られ、そこから弱々しい長さの管が頼りなく伸びていました。
両足の間にはマスクのような機械が取り付けられており、そこから水槽の前面にある装置へとケーブルが伸びています。
長方形の小さな黒っぽい色の装置にはフラスコが取り付けられており、そこへごくごく僅かな量の……おそらく、あの球体から抽出されているであろう……濃い灰色をした何かが『ぽとん…………ぽとん』と長い間隔を開けて落ち続けていました。

探索者がそれを見ると、奇妙な感情を覚えます。
それは久々に故郷を訪れた時のような安堵の気持ちと、慕わしさ。
目の前のそれが自分に安心をもたらすものだと感じ、さながら母へと向けられるような本能的な慕情が自然と湧き上がったのです。

……ですが、探索者が無意識にそれへと一歩近づいた途端、その感情は風に飛ばされたように消え失せ、本能的な嫌悪が一瞬の内に込み上がります。
心臓が異常に早く脈打ち、背中から汗が吹き出し……ただただ純粋な恐れの感情が、偽りの慕情を塗りつぶすのです。
探索者はこの異様な心変わりと、恐ろしい怪物を母のように感じた事実に対し、正気度を『1/1d4+1』喪失します。
なお、この水槽を破壊することは生身では到底不可能であり、少女に頼んでも破壊してもらうことは出来ません。

礼拝堂

規則正しくテーブルや座席が並べられた空間。奥へ進むと、大いなるクトゥルフの巨大な像を見つけます。
材質は単なる石に過ぎませんが、その忌まわしい姿を彫り込まれた像は、有無を言わせない迫力とおぞましさに満ちあふれています。
ですが探索者が感じるのは、喜びと親しみの感情です。自然と体が動き、気づけば無言の内に手を組んで祈りを捧げています。
少女が同行していれば、彼女がどうして怖くないのか、と尋ねることにより正気へ戻ります。
これによる正気度喪失は培養室で既に行っていた場合は発生せず、逆の場合も同様に処理します。

会議室

ホワイトボードやパイプ椅子、折りたたみ式の机などが並ぶ、至って普通の会議室に見える空間です。
ボードには赤いマジックで『器は完成後、菜々潟近海に送られる。完成までの期間はおそらく3年ほど』などと書かれています。
本来、器は菜々潟近海へと送られる予定でした。ですが地球は公転し、宇宙における位置は変化し続けています。
渦波は何とか正しい位置に送ろうとしたのですが……やはり誤差が生じ、器は日登山へと届けられてしまったのです。

机の一つには議事録が無防備に置かれ、そこには彼らの会議内容が残され、それを読むことにより、彼らは人類を退化させることで滅びの日から守ろうとしていたということが分かります。
また3年前の会議の記録を調べれば、術式を使うプランの詳細についての情報を得ることが出来ます。
それは黄衣の王の付近の星から魔力を集め、地球へと送り、器とするという大掛かりなものです。
その星への移動手段には『黄金の蜂蜜酒』と呼ばれる霊酒が使われ、それを飲むことで人間は精神と肉体に分離され、精神のみで自由に動くことが出来るようになります。
ですが精神が殺されてしまえば、残った肉体は触れただけで崩壊してしまうような状態に置かれるのだというのです。
送られた術式は、『人類を救う存在を宿す<器>』とされるとのことですが、それがどういう存在かについては、議事録の中では触れられていません。
3年前にプランが実行に移されてからの記録も残されていますが、もしもの失敗のために計画されたいくつかのプランは、どれも実行に移せるものでは無かったようです。

資料室

この部屋に入ると、次のイベントへと移行します。

14.ねずみ取りの最奥部

資料室には林立する資料棚や事務用の机などがあり、魅力的な情報の海となっています。
ですが、まず真っ先に目に入るのは、真正面で椅子に腰掛けている、厚着姿の老人……小室です。
彼は探索者に「待っていた」と言うと、ぱちんと指を鳴らします。すると会議室や資料室のドアから一斉に男たちが入り込み、探索者たちを取り囲みます。
包囲され、身動きの取れなくなった探索者の前で、彼は「まず、一つ言わせてもらいたい」と言い、探索者が同意すると一斉に頭を下げ、彼を巻き込んでしまったことを謝罪します。

……ここからは、探索者が情報を得るための時間となります。
小室は探索者に対し、彼が知っていることなら何でも教えてくれます。
少女が自我を持たず、単に探索者の望んだ反応を返すだけの存在であることも、そこには含まれます。
そして少女が『器』であること、それが人類を救うために絶対必要であると言い、探索者に彼女を引き渡すように頼みます。
小室は会話中、絶対に少女の言葉は聞こうとしませんし、彼女のことは絶対にそれといった代名詞で呼びます。
彼女のことを自我を持った存在であるとは、彼は認めていないのです。
また、小室から神話的な事象に関して説明を受けた探索者は<クトゥルフ神話>を5%獲得します。

彼は無理やり少女を奪い取らないことについては、「人間としての感傷」と出張します。
ですが、実のところは全くそうであるとは言い切れません。少女は現在、探索者の命令を最優先に行動するように定義付けられています。
力づくで探索者を叩きのめして奪いとっても、少女に器の役割を果たさないような命令がされてしまえば、何の意味も無いのです。
そして何より、彼らは自らが出した結論に絶対の自信を持ち、人類が救われる手段はそれしかあり得ないと考えています。
探索者が自分たちの出張を聞けば、例え少々渋ったとしても、人類の義務として、器を返してくれると盲信していたのです。

15.袋小路の選択肢

探索者は全ての情報を得た上で、選択することを求められます。
キーパーも彼の疑問に適切に、正直に答えることを求められます。
少女を差し出せば彼らの計画は実現し、人類はクトゥルフの復活以降も生き延びることが出来るかもしれません。
ですが、それは本当に人類なのでしょうか? 探索者は液体により部分的な退化を起こし、クトゥルフやクティーラに親愛の情を覚えたもう一人の自分を知っています。
自由な心を失った人生は、果たして本当に生きていると呼べるのでしょうか。
3年の間に人類が対抗手段を取れることに賭け、計画の実現を阻止する道が正しいのかもしれません。

少女を差し出さなければ彼らの計画は頓挫するでしょう。ただし、人類がクトゥルフの復活の日、彼と敵対しなければならないことは確定します。
人類は過酷な運命を背負う限り、人としての誇りを失わずに済むのです。3年の間に対抗手段を見つけ、幻視した未来を実現させないことも出来るかもしれません。
……しかし、それは個人のエゴではないでしょうか? そんなあやふやな希望に賭け、確実な救いの手段を放り捨てて良いのでしょうか。
何と言っても死んでは終わりなのです。多少の服従を強いられるにせよ、多くの人が生き延びられる道の方が正しいかもしれません。

そして推奨はされないものの、もう一つの選択肢も残されています。
少女を連れ、選択を放棄して何処かへ逃げるというものです。海鳴教は彼女が器として機能しなくなることを何よりも恐れています。
解放呪文の件などで脅し、アジトを脱出。世捨て人となり、彼らに見つからないように日々を過ごすという手段もないことはないのです。
ですが、いつかは彼らに見つかってしまう可能性は高いですし、今の社会的身分を放棄しなければなりません。

少女本人はと言うと、自らの創り手である渦波への思い、器としての自覚を得たことへの責任などから、自身では選択することが出来ません。
ですが、探索者が何も言わずに何も決断しないか、無謀な逃亡を敢行して倒されてしまったなら、彼女はやがて自身を器とすることに同意します。
人間は頼りなく、守ってやらなければ滅びてしまう、と考えたのです。それに、その道は彼女が使命を全うし、好きな人を守ることの出来る道でもあるのです。

16.選ばれた結末

鳥かごの海

少女を差し出すか、少女自身が生贄となることに同意した場合のエンディングです。
彼女は探索者に今までのことへのお礼を言い、感謝の気持ちを表すと施設の外へと移動し、自身を球体の状態へと初期化させます。
あの時見た、大きな光の塊。無機質なそれに、海鳴教の面々は培養液から取り出したクティーラの複製を近づけます。
すると、また出会いの時と同じように光が走り、変化し……現れたのは巨大な怪物。クトゥルフの秘められた子、クティーラの力を持った複製です。
それは探索者を威圧的に見下ろします。ですが、探索者には不思議と恐怖の気持ちは浮かびませんでした。
……それが、首筋に現れたもののせいであるのか、それとも別の理由であるのかは、きっと誰にも分かりません。
複製は海へと沈んでいき、父が蘇るその日まで、人類を深きものへと退化させる目的のため、鳥かごに閉じ込められ続けるのでしょう。

海鳴教の面々は探索者を気遣い、家まで車で送ろうかと提案します。
彼が好意を受け入れるか、拒否するかは自由です。

箱庭の空

少女を差し出さず、解放呪文を使用した場合のエンディングです。
呪文を唱え終えた途端、彼女の体に亀裂が走ります。その隙間から流麗な光が漏れだし、不可思議な光彩を暗室に描き始めるのです。
小室は叫び声を上げ、彼女に掴みかかろうとします。探索者にもその動きは見えます。その最中も、『ひゅんひゅん』と軽いものの飛び回るような音が聞こえ、その音は加速し続けます。
光彩は光の筋となり、鞭のようにしなやかに宙を舞います。残光が暗室を塗りつぶし始め、音の間隔は失われます。
視界は純白の光に包み込まれ、絶え間なく鳴り響く音が、どこか現実味もなく鼓膜を揺らします。誰かの叫びが聞こえるも、それも掻き消えてしまいます。
視界を覆う光、無機質なエネルギーが、純粋な魔力が目の前で膨れ上がると、それは視界だけではなく、探索者の全てを飲み込みました。

……体の感覚は消えていました。目も、耳も、鼻も、指も、舌も、何も情報を送りません。
脳があるのかすら確証は持てません。一切の感覚が消え、ただ無だけが感じられました。
驚くほどに穏やかな思考の中、自分の成したことへの思いだけが虚空に浮かび続けていました。

……その最中、不意に瞼が開きます。
おぼろげな自分がそこにいました。情報の奔流が黒一色の空間に溢れかえり、ありとあらゆる、ひらがなやカタカナ、漢字や数字が視覚化され、認識不能な速さで渦を巻いていました。彼はその中で、ぷかぷかと浮かんでいたのです。
当惑する探索者の前で、奔流から何かが浮かび上がります。世界がぐるぐると渦を巻くような感覚とともに目の前の景色が変化し、すぐに長方形に似た形を作り出します。
それは自己の形を歪ませ、それから均整の取れた流線型へと変動し、人の形を作り上げます。最終的に光から現れたのは、150cmほどの背丈の、小さな……ほんの一日に満たない間に、あまりにも見慣れた少女でした。
彼女は探索者の言葉には何も答えず、ただその代わりに笑みを浮かべます。それを見た途端、意識は急速に冷え込み、感覚を失いました。

……さざなみの音が聞こえます。探索者の意識は元の部屋へと戻り、ゆっくりと体を持ち上げさせました。
探索者たちを取り囲んでいた海鳴教の面々は、床に倒れ伏していました。小室も信徒も、一様に床に倒れて静かな眠りにつき、浅い呼吸を繰り返していました。
光が溢れ、膨張し……不発弾が起爆したというのに、誰も死んではおらず、何も無くなりはしませんでした。
ただ、少女と培養室にいた存在……それだけが消えてしまっていました。

目を背けた先

少女を差し出さず、呪文も使用しなかった場合のルートです。探索者はまず、アジトから無事に脱出しなければなりません。
<説得>や<信用>に成功すれば、彼らに解除呪文の存在を伝え、それによる脅しを使うことが出来ます。
無事にアジトから脱出することが出来ても、その先は困難な道です。仮に今、無事に彼らから逃げ出すことが出来たとしても、彼らは絶対に後を追うためです。
キーパーはそのことを事前に伝え、探索者としてはロストする形となることを教えておかなければなりません。
このルートの場合、探索者が菜々潟を少女とともに後にすると、エンディングへ移行します。
脱出に失敗し、気絶させられてしまった場合、少女が自らの意思で生贄となることを選択したことが、おぼろげな意識の中に聞こえます。
彼は海鳴教の応接間、そのソファの上で毛布を跳ね除けて目覚めます。その後は、小室から顛末の説明を受けることになるでしょう。

17.エピローグ

かくして、短い冒険は終わりを告げました。
探索者が選んだ道は、出した結論は果たして正しいものだったのでしょうか?
……その答えはきっと、誰にも出すことは出来ないのでしょう。彼女は確かに、そこにいたのだから。

探索者は選択に関わらず、1d10正気度を回復します。
しかし、少女とともに逃げ出したルートの場合、彼はもはや日の当たる場所へは出ることの出来ない身分となってしまいます。
そうなった探索者は、もはや通常の探索に参加出来る状態でないため、ロスト扱いとなります。

18.終わりに

暗く、辛い選択を求められるシナリオです。
どのエンディングが最良か、なども決まっておらず、プレイヤーに委ねる形となっています。
(文章は解放ルートが一番多いですが、それは単なる展開の都合です)
そのため、人を選ぶ内容となっています。気心の知れた、そういう展開も楽しめる仲間と遊ぶと良いでしょう。
何かありましたら、コメントページやTwitterにてご連絡ください。