写真素材足成さんのもの、フォントはるりいろフォントを使用させて頂いています。
※クリックで大きくなります。
離陸後の機体が安定したころからのスタートとなります。
探索者たちはこの時点では単なる乗客に過ぎず、この後の運命など知る由もありません。
千秋の誘いに乗った場合、彼女は会話に混ぜ込む形で後の展開に関わる情報を教えてくれます。
●この飛行機はシベリア上空を通り、モスクワへと向かう。
●シベリアには部族的な生活が残っており、自然と調和した生活を送る民族が今なお存在している。
彼らの中には、独自の民族的な神々を祀ったり、恐ろしいことに生け贄を捧げたりする民族もいるらしい。<
●また、シベリアの大地には『イエティ』と呼ばれる雪男が住んでいる。
毛むくじゃらの巨人のような外見で、吹雪の中から現れ、怒らせた人間を手づかみにして食べてしまうという。
彼は神の使いであり、驕った人間たちに天罰を与えるのだとか。
(あくまで伝承は伝承であり、イエティはシナリオ中には存在しません)
<オカルト><人類学>のどちらかに成功すれば、確かに似たような伝承はあると考えます。
ただし、それが現実に起こりうる出来事だとは考えられませんし、千秋も探索者たちを怖がらせようとすることはありますが、実在は信じていません。
会話中も機内にはのどかなムードが漂っており、乗客はそれぞれ目的地へつくまでの暇つぶしをしながら過ごしています。
以降の展開を引き立てるため、あるいは探索者同士の結束力を高めるため、機内ではのどかな時間を楽しめるようにしてあげると良いでしょう。
機内でのんびりとした時間を過ごしていると、突如として機体が大きく揺れます。
それは座席から跳びはねかけるほどのもので、シートベルトを着用していなければ、前の席に顔をぶつけてしまうほどです。
揺れはしばらくのあいだ治まらず、機内は一転して不安げな、ざわついた声に満たされます。
千秋は「きっとすぐに機長さんから事態の説明があるから、念のためシートベルトを締めて、安心して席に座っていて」などと言います。
彼女の言葉通り、それから数十秒もしない内に『ポーン』とスピーカーから音が鳴り、機長からのアナウンスが流れます。
現在乱気流帯に突入しており、そのせいで揺れが続いているということ。しかし、もうじき抜け出せるので、落ち着いて……と。
ですが、『落ち着いてください』と彼が言い切る前に、誰か男性の悲鳴がアナウンスに割って入ります。
探索者たちからは見えませんが、それは副長のものです。彼はコックピットのガラス越しに見える光景を目視し、あまりのことに思わず叫んでしまったのです。
機長は彼を叱り、『何が起こったのか』と言いながら、彼の指さす方向を眺めます。
……その最中アナウンスは途絶え、乗客たちは何が起こったのか、と不安に身を強張らせることになるでしょう。
アナウンスの再開は、力強くも頼りがいもない、どこか呆けたような機長の『何だこれは』という声によって。
彼は「何だこれは! こんな、こんな馬鹿なことがあるものか! 何故こんなところに人間が……」と言いかけ、それが断末魔となります。
『にん』と言いかけたところでアナウンスは中断されます。機体前方に浮かぶ、イタクァによって宙に巻き上げられた人間たちと、機体が衝突したのです。
高速移動中の飛行機が何かと衝突した場合、それが鳥程度の質量でも大きな破壊を引き起こします。
では、人間ほどの大きさの物体が、それも何人も衝突すれば? ……検証されたことは無いでしょうが、惨事を引き起こすことは間違いないでしょう。
コックピットの破損による指揮系統の崩壊、機体の大きな損壊によるバランスの崩れ、さらにはイタクァの生み出した竜巻による揺れが合わさり、たちまち飛行機は安定を失い、墜落を始めます。
探索者たちは、この時点では何が起こったのか、何が起きているのかを知る由もありません。
ただ突如として降りかかった死の恐怖に、他の乗客や添乗員ともども、戸惑いながら飲み込まれるしか無いのです。
落ち着いた思考を行う間もなく、機体は巨人に弄ばる玩具の如く振り回され、探索者たちは恐怖と困惑に怯えながら、意識を手放すことになります。
探索者たちが目覚めるのは、1d6ポイントのダメージを受けた後になります。
体は凍え、冷えきっており、まぶたを開けるだけでも痛みが走ります。
機内の損壊は酷いもので、壁は鋏を入れられたかのようにあちこち裂けており、天井はひしゃげ、へし折れ、隙間から雪を招きこんでいます。
あちらこちらから隙間風が吹き込み、容赦なく探索者たちの体温を奪っていきますが、しかし彼らより前方の座席を見れば、それでもまだ幸運であると考えざるを得ないでしょう。
ひしゃげた天井の加護を受けられない座席の上は、人間の形の上に十数センチも雪が積み上がり、その下にシートベルトが薄っすらと覗けるだけの状態となっています。
当然ながら雪を掘り崩しても凍りついた死体が現れるだけで、中の人間が助けられる状態であることはありません。
また、辺りを見渡しても探索者たち以外の生存者を見つけることは叶わないでしょう。
それが外傷による死か、体温低下による外傷の少ない死かは差異がありますが、彼らは凍りついたように固まったまま、ピクリとも動かないのです。
探索者たちと座席の位置が近かった千秋ですが、彼女もただで済んではいません。
シートベルトに支えられたまま、眠ったように俯く彼女は、呼吸も脈も既に止まっているのです。
探索者たちが<医学>に成功すれば、非常に僅かながらも、まだ脈が残っていることに気づけます。
低体温により内臓の働きが弱まり、素人目には死んでいるとしか判別出来ないような状態となっていたのです。
意識が朦朧とし、探索においてはお荷物にしかならない彼女を見捨てるか、それとも連れて行くかは探索者たちの判断に任されます。
彼女に限らず、気絶した人間を背負う場合は、対象のSIZと背負う人間のSTRを対抗させ、成功すれば背負うことが出来ます。
ただし、大きく移動(地図上の別の場所へ移るたび)に再度のロールが必要となります。
失敗しても再ロールが可能ですが、その際、体を激しく動かしたことへの消耗として、担ぎ手の<0.1d2℃>の体温が喪失されます。
救命措置だけでも取ってあげた場合、彼女は微かに意識を取り戻し、以下のことを教えてくれます。
●飛行機が墜落した場合、50時間は機体から無線が発信され続ける。
今は吹雪があるから空からの救助は無理だが、きっと止めばすぐに救助が来てくれるだろう。
●不安なら、コックピットから信号弾を取ってきて打ち上げれば良い。
吹雪の中では無理だが、止んだ後なら空からの救助隊も視認出来る。助けが来るまでの時間はさらに早くなるだろう。
(彼女は飛行機が空中分解したことには気づいていません)
●それにしても、機長さんは何を見ていたんだろう。あれだけ恐れるなんて……
まさか鳥の群れ、なんてことは無いだろうし。
彼女は吹雪が止めばといいますが、イタクァの力により吹いている風は、彼の怒りが収まるまで止むことはありません。
探索者たちが救助を待とうと機内に留まろうと、それは緩慢な死を待つのみなのです。
機長の見ていたものについて触れた時、探索者たちは<知識>ロールに成功すれば、バードストライクと呼ばれる現象について知っています。
高速移動中の物体に物がぶつかった場合、それが鳥のようなものでも、大きな破壊現象を引き起こすというものです。
とはいえ、それには飛行機を墜落させるほどの力はありません。
たとえ大群だったとしても、航行中の飛行機に接触出来るような高度を飛行していたというのは考えづらいでしょう。
探索者たちが現状を把握したころに発生します。
身を裂くような、荒れ狂う吹雪の音に紛れ、遠くから何かの遠吼えが聞こえてくるのです。
それは氷雪よりも冷たく、暴風よりも鋭く鼓膜を揺さぶり、探索者たちに原始的な恐怖を湧き上がらせます。
ホッキョクグマやオオカミなど、この状況下において危険な動物は数多く、それらの吠え声が聞こえたのかもしれない、と彼らは一瞬錯覚するでしょう。
しかし奥底から感じる、魂まで穢し尽くすかのような冒涜的な音階はそれらの想像をあっさりと吹き飛ばします。
その吼え声には、明らかに邪悪な知性と底なしの悪意が内包されていたのです。
イタクァの遠吼えを聞いた探索者たちは、<1/1d6>正気度を喪失します。
音の発信源を探ろうとすれば、それが西の方角(地図上の西)であり、少なくとも自分たちと同じか、それより高い位置から流れてきたこと。
そしてその方角には崖しかなく、吼え声はまさしく『空から』聞こえてきたのだと気づけるでしょう。
常識ではあり得ない現象に対し、それを察した探索者はさらに<0/1>正気度を喪失します。
シナリオ中で搭乗する飛行機は、3つの円筒状の部品を溶接したような形で製作されています。
コックピットとビジネスクラスのある1つ目の円筒、エコノミークラスと主翼に繋がる2つ目の円筒、そして探索者たちの乗っていた、エコノミークラスと尾翼に繋がる3つ目の円筒です。
この内、1つ目の円筒は離れた場所に落下し、2つ目の円筒はさらに離れた位置に落下し、シナリオ上は関与しません。空中分解した際、大きく散らばってしまったのです。
探索者たちの乗っていた3つ目の円筒は断崖の真上に落ちており、機体の1/4……添乗員室より先を宙に投げ出す形で静止しています。
この場の情報はあまり多くなく、情報を得るには積極的な行動が必要となります。
まず、周囲を見渡した探索者は、北へ向けて上りの傾斜が掛かっていること。南は木々に加えて下りの急斜面になっており、転んでしまう危険性があること。
東へは緩やかな下りの傾斜がかかっており、木々も少ないことが分かります。
断崖から景色を見渡せば、<目星>ロールに成功することで遠くに明かりがいくつか見えることが分かります。どうやら、離れた位置に人の集まる場所があるようです。
そちらへ行こうとする場合、崖を飛び降りて生き残れることに懸ける(断崖は15mほどの高さです)か、傾斜の緩やかそうな場所から徐々に降りていくかに方法が分かれます。
北や南の方角にある森を見渡せば、猛吹雪に遮られ、一定距離より先の光景は見えず、何か道標がなければすぐに迷ってしまいそうだと分かります。
東も同様ですが、少なくとも木々は少なく、急な斜面もないため、降りて行くのならこちらへ向かうことが推奨されるでしょう。
また、周囲の地面を見渡した探索者は<アイデア>INTロールか<目星>に成功すると、積雪の中に一箇所だけ、直径6cmほどの穴が空いていると気づけます。
掘り返すと、中からは……『拳』が現れます。比喩でも何でもなく、人間の握りこぶしが、手首より先を失い、50cmほどの深さに埋まっているのです。
さらに、拳へと触れた探索者は、より奇怪なことに気づきます。……温かい。それは雪の中に埋まっていたにも関わらず、人肌の温かさを保っていたのです。
この奇怪な『拳』を見つけた探索者は、<0/1d2>正気度を失います。
拳は何かを握りしめた形で固まっており、こじ開けるには<STR210>との対抗ロールが必要です。
見事こじ開けられた場合、中から『灰白色をした星形の石』を見つけ出すことが出来ます。
<オカルト>に成功した探索者は、それが古代に栄えたという幻の都市『ムナール』で用いられていた護石であると知っています。
それは彼らの信仰する神の霊力を宿しており、邪悪なものやそれに連なる力から、所持者を守ってくれるそうです。
<考古学>に成功した場合も同様ですが、それに加えて『偽物も大量に出回っており、悪辣な商人が好き勝手逸話を加えている』とも知っているでしょう。
探索者たちは知りませんが、これは本物の『ムナールからの石』であり、いわゆる『旧き印』と似たような効力を持っています。
石は所有者であるリマ、その体が触れていた部分だけをしっかりと、イタクァの邪悪な力に反応し、加護を与えてあらゆる衝撃から守ってくれていました。
体温が奪われなかったのは、この豪雪がイタクァの力により生み出されたものだったからなのです。
……もっとも、石が触れていない部分までは守って貰えませんでしたが。
彼女は他の部族のものと同じように空中へ巻き上げられましたが、その最中に拳が引きちぎれ、こんなところに落下していたのです。
探索者たちが石を持って行った場合、石が触れている部分だけ温度が下がらないことに気づけるでしょう。
拳本体への<医学>に成功すれば、おそらく14歳くらいの少女の手だと分かります。
<医学>が無くとも、調べるとそれが過酷な環境に曝されて来たものの手だとは判別出来るでしょう。
年齢の推測が出来た場合、<アイデア>INTロールに成功するか、探索者が質問すれば、該当しそうな人物は機内では……少なくとも、探索者たちの見える範囲にはいなかったと思い出せます。
なお、この石はシナリオ上のキーアイテムとなります。
発見してもらわないと話にならないので、キーパーは彼らが自力で気づけるように上手く誘導する努力が必要となるでしょう。
不幸にも休憩中であり、全身を壁の染みと変えてしまった添乗員の死体に目をつぶれば、添乗員室には役に立ちそうな品物が置いてあります。
乗客用の毛布といった防寒具や双眼鏡、加熱パック付きの食料品などです。双眼鏡は<目星>に+10の補正を掛け、食料品は摂取することで、<0.1d3℃>の体温を回復させます。
ただし、飛行機は崖に機体の半分を投げ出すような形で墜落しており、添乗員室があるのはちょうど空中になっている部分です。
3人以上の探索者が入ったり、あるいは明らかに探索者に必要な分を超えた品物を運び出そうとすると、<アイデア>成功で機体が下向きに傾いていると気づけます。
そうなれば、身を軽くしてすぐに逃げ出し重心を元に戻さないかぎり、機体は崖下に落下してしまうでしょう。
一度傾いた後は不安定になるため、再度入室するだけで傾きが起こります。
この時点で北へ向かっても、何も発見することは出来ません。
コクピットは確かに北にありますが、それを見つけるための情報も手段も欠けているのです。
場当たり的に進んだとて、ただ凍え死ぬのを待つだけとなるでしょう。
急斜面の森の中は、ただ歩いて行くだけでも危険性を伴います。それが猛吹雪の中であるなら、なおさらのことです。
南へ進む探索者はDEX*5のロールを行い、成功すれば無事に通りぬけ、失敗すれば転んでしまうこととなります。
転んでしまった場合、<幸運>ロールを行います。成功すれば雪の積もった地面に叩きつけられるのみで済み、『0.(1d6)℃』の体温を消耗するのみで南へ進めます。
ただし、幸運に失敗してしまった場合、転がり落ちる中で木に強烈に叩きつけられ、1d8ポイントのダメージを受け、さらに出血により『0.(1d6)℃』の体温を消耗します。
こちらの手段で南へ進めた探索者は、後述の『10』のイベントへと進みます。
大きな危険や障害は伴いませんが、長い道のりは徐々に探索者たちの体温を奪っていきます。
行き止まりに差し掛かるころには、くたくたにくたびれていることでしょう。
こちらへ進んだ探索者たちは、体温消耗判定を一度行います。
行き止まりでは、北と南に道が分かれています。
北への道はこの山の頂上へと続いており、到着すれば高所から山全体を見渡すことが出来ます。
南への道は、先ほどまでとは違い傾斜が強くなく、普通に歩いて降りて行くことが可能です。
また、そこまでを認識したところで、探索者たちは<聞き耳>ロールを行います。
成功すれば南西の方角から、誰かが呼びかけるような微かな声が聞こえたと気づけるでしょう。
その音は徐々に近づいてきており、何かを引きずるような音も混じって聞こえます。
この音は、部族の青年『イトクラク』がトナカイのソリを用いて山を登ってきたことによるものですが、この時点では探索者はそれを知りません。
南へ進んだ探索者たちは、一足飛びにこのイベントが発生することとなります。
急斜面を降りた先には背の高い、民俗的な意匠のされた厚着の服を纏った青年がおり、2頭の老いたトナカイに牽引されたソリに乗っています。
ソリはろくに速度も出せないものですが、この豪雪の中を歩くよりはマシな速度で先に進ませてくれます。
また、怪我人や気絶者を乗せることも可能です。その場合、対抗のロールはソリに乗せている限り必要なくなるでしょう。
イトクラクも生死の境にあるような人間を見捨てられるほど薄情ではありません。
彼は警戒しつつ、探索者たちに不慣れなロシア語で話しかけます。25%も<ロシア語>を持っていれば、彼の言うことは理解出来るでしょう。
イトクラクは、山へ『何か巨大なもの』が落下し、そしてユルゲンの怒りがごとく、突如として吹雪が吹き荒れ始めたことを知っています。
しかし、彼は探索者たちに詳細を説明しようとはしません。生け贄の儀式を知られれば、面倒なことになるのは分かりきっているからです。
また、彼は妹を探しており、それが済むまで山を降りる気は無い、と言います。トナカイのソリも貸してもらうことは出来ません。
背中には猟銃が背負われており、探索者たちが暴力行動に出ようとすれば、逆に脅しつけられることになるでしょう。
この愚直な青年から情報を得るには、彼の目的に協力するといったポーズを示すか、情に訴えるような手段を取る必要があります。
自身や部族、そして妹に危害が加わらない範囲であれば、彼は墜落に対して同情し、協力的な態度を取るでしょう。
西に進んでイトクラクら『部族』の住むキャンプへ向かおうとするか、探索終了のタイムリミットまで半分の時間を費やすと発生します。
突如として暴風が吹き、探索者たちを吹き飛ばそうとするのです。
暴風は一瞬で去り、何かにしがみつくなどして抵抗すれば、大きな被害をもたらすことはありません。
しかし、暴風が去ったとともに、吹雪も止んでしまったことに気づけるでしょう。
その風は吹雪を吹き飛ばし、巻き込んで西へと進んでいったのです。
燦々と照る太陽が久方ぶりの温かさを持って探索者を照らす中、この異様な現象は探索者たちの臓腑を冷やします。
そして、それから数秒も間を置くことなく、探索者たちは信じられないものを見ることとなります。
西の方角で、突如発生した竜巻が何かを巻き上げているのです。吹雪が晴れ、良好になった視界は、それを認識することを可能にします。
巻き上げられ、雲の中へと消えていくのは、キャンプそのものです。
それは家であり、家畜であり、人であり、物であり、そのすべてです。キャンプのすべてが空へと巻き上げられ、雲に吸い込まれるようにして消えてしまうのです。
吹き飛ばすものを無くした竜巻が消滅すると、探索者たちの元へと吹雪が帰ってきます。
何事も無かったかのように吹き荒れる吹雪は、先ほどの出来事が悪い夢では無いかと思えるほどでしょう。
信じがたい出来事を目の当たりにした探索者たちは、<1d3/1d8>正気度を喪失します。
イトクラクが同行していれば、妹だけでなく家族や友人、そして帰る家を失った事実に慟哭し、神の名を叫ぶこととなるでしょう。
探索者たちの中には彼が事態の黒幕なのでは? と考えるものも現れると思われますが、その様子は混乱と恐怖、悲哀に満ちたものです。
無事にコックピットを見つけ出すことが出来れば、それが大きく損壊していることに気づきます。
さらに、周囲に肉や血が夥しく散らばっており、それらを埋めた雪が薄赤く染まっていることにも。
周囲を調べた探索者は、肉や血にまぎれて布が散らばっており、それらに共通した民俗的意匠が施されていることに気づけます。
イトクラクが同行していれば、それが彼の着ているものとよく似ていることにも気づけるでしょう。
コックピット内部はあちらこちらがひしゃげ、計測機器は全滅し、機長と副長だったものが散乱しています。
ですが内部を探った探索者は、<アイデア>INTロールに成功すれば、血肉の量が2人分としては明らかに多いことに気づけるでしょう。
部族の指導者である長老は、コックピットの分厚いガラスを貫通し、中に飛び込み爆ぜていたのです。
コックピット内部、特に死体の近辺を漁れば、錆びついた留め金が掛められた、気味の悪い質感の一冊の本を見つけます。
それは長老が手にしていた、彼らの崇拝する『ユルゲン』の正体を物語る本、『Реальность духов(精霊の実態)』です。
彼は『ユルゲン』の正体を知っていましたが、そのことを部族の他の人間に伝えることはなく、むしろ秘匿しようとしていました。
それを知らせたところでどうにかする手段があるわけでもなく、そして何より、長老自身が長年の間、イタクァの恐怖に心をすり減らし続けていたからです。
それに、『ユルゲン』は少なくとも生け贄を捧げていれば、壊滅的な被害を部族にもたらすことはありません。
ならば、多少の犠牲はやむを得ないと受け入れ、これ以上調べることなく、事実に目を伏せて隷属するのが幸せだろう、と考えたのです。
彼はイタクァの前で無作法が無いよう、彼の正体について記した書を儀式の度に持ち歩き続けました。
ですが、その本は『旧神の加護を秘めた石』などというものを長老に教えてくれるものではありませんでした。
本は難しいロシア語で書かれており、イトクラクの浅い知識では読み解けるものではありません。
探索者が<ロシア語>に成功すれば、本を解読することが可能となるでしょう。
『そは永久に横たわる死者にあらねど、測り知れざる永劫のもとに死を越ものなり』
『”旧神”の手によりて地の星へ封ぜられし邪悪なるものども、未だ死すことなく、復活の時を夢に待ち望む。不浄の宮は朽ちることなく、ただ水底にて横たわるのみ』
『4大元素と結びて語らるる、邪悪な4つの精あり。”風の中に歩くもの”イタクァは風の元素と結びて示される、永劫不変の精なり』
『そは風を自在に操り、大いなる災厄を人に齎すもの。その姿は名状しがたき風に守られ、我らが認ずること能わず』
『かのものの機を損ねしもの、竜巻によりて宙に打ち上げられ、そのまま暴風の中で死を待つのみなり』
『汝、抗ずることなかれ。人の身に叶うことなど、たかが知れている。我らは広大なる宇宙の断片に位置する、末梢の星の塵に過ぎぬのだから』
『イタクァに反したもの、それに連なるものども、まさに塵芥の如く、ただ吹き滅ぼされるのみなり』
『反逆者が絶えるまで、嵐が止むことなし』
……これらの知識を得た探索者は、<クトゥルフ神話>を7%に加え、正気度を<1d2/1d4>失います。
また、探索者たちがコックピットの外を調べると、中年や老年の遺体の中に、幼い少女の遺体が混ざっていることに気づけます。
鎖骨より上、肋骨より下を失う程度で済んではいますが、それは右手を欠き、左手を右手のあるべき箇所に重ねたような体勢で硬直しています。
それは、イトクラクの妹であるリマの遺体です。
彼女の遺体をイトクラクに見せるかどうかは探索者たちの自由ですが、彼は確たる証拠を見せないかぎり、妹の生存を信じ続けようとします。
探索で集めうる全ての情報を集め、イトクラクにリマの死を伝えたころには、彼の行動目的も探索者たちに情報を隠す理由も、もはや失われています。
彼が秘密を守ることで守ることの出来るものは、もうどこにも、何も存在しないのです。
探索者たちがリマの遺体を見せれば、彼は探索者たちに隠していたことを教えてくれるでしょう。
彼との会話の中で重要となるのは、以下の点となります。
●部族は長年の間、この地に住まい続けていた。そして、ユルゲンへ生け贄を捧げ続けた。
だが、それは自然への回帰と感謝を示す儀式であり、邪神のような存在へ行う、被害を抑えるための生け贄とは一線を画する。
自然の恵みに感謝し、自然を司る神へ身内の血を捧げることにより、彼らへの感謝を表明するための儀式なのだ。
●『星形の石』のペンダントは自分がお土産として、リマに買ってあげたものだ。
行商人によれば魔除けの効果があり、悪霊から所持者の身を守ってくれるらしい。
●ユルゲンは自然を支配する、恐ろしくも厳かな神である。
彼には邪念や雑念は存在せず、ただ悠然と時の中を揺蕩っている。
●儀式の場は山の頂上だ。最も天上のユルゲンと近い場所で生け贄の命を屠ることで、儀式は完遂される。
重要なのは、彼らの目の前で儀式が執り行われることだ。それが神への敬意を示す手段なのだ。
……彼はユルゲンを邪悪な存在と捉えず、それゆえに『星形の石』がユルゲンを害するものだなどとは思い付かなかったのです。
つまり彼はユルゲンが何故怒っているのかも知らず、その方法を読み解くことも出来ないのです。
シナリオのラストとなるイベントとなります。
探索者たちが頂上でユルゲン……『イタクァ』へ呼び掛けると、彼は探索者たちの元へその姿を表します。
豪雪が、白雲が空を埋め尽くす中、遮られて見えぬはずの星が2つ、空に浮かんでいるのが見えた。
白雲はいつの間にか、巨人のような奇怪な形へ変わっていた。君たちの体を打ち付けていた吹雪は一斉に空へと巻き上がり、それを形づくるのを手助けしていた。
地上から吹き上がる嵐の中、『風の中を歩くもの』の姿が浮かび上がる――いや、初めから存在していたのに君たちは気づいただろう。
巨人のような白雲、吹き荒ぶ豪雪はそのまま彼の体であり、荒れ狂う暴風は彼の手足であった。おおよそ『体』と解するに足りぬものは全て、彼の体を構成する一部であった。
そして、それこそが古の書物に表された邪悪なる存在であり――君たちの理性を震撼せしめ、朧気な正気を破壊するに相応しい、荘厳にして醜悪な姿を今、眼前に現出させたのだ。
やがてそれは君たちの姿を認めたかのごとく、ゆっくりと『体』をそちらへ向けた。宝石のような氷塊がきらきらと宙に舞い散り、ホタルのごとく空を彩り、得体のしれない美しさを醸し出した。
そして、その奥で――魂の底まで凍りつかせる恐怖の瞳が――真っ白な空に浮かび上がる、燃えるような双眸が静かに君たちを見据えた。
《正気度喪失:1d10/1d100》
正気度喪失ののち、探索者たちは行動することが可能となります。
ただし一度の行動を行い、それが失敗に終わるたび、イタクァが痺れを切らす可能性が10%づつ加算されていきます。
イタクァの怒りを鎮めるためには、以下の二つの行動のどちらかを行うことが必要です。
『反逆者』の親族であり、彼女に『反逆の証』を持たせたもの、イトクラクを目の前で殺害。
イトクラクは猟銃を背負っており、それを奪えば殺害は用意です。
至近距離での射撃は、<ライフル>の技能を持っていない探索者でも、彼を即死させるに十分な威力があるでしょう。 それでもダメージが足りなければ、倒れた彼を殴りつけるなどして止めを指す必要があります。
『反逆の証』を破壊し、イタクァへの叛意が無いことを証明。
10ポイント以上のダメージを与えるか、STR840ポイントとの対抗に成功することで破壊が可能です。
対抗ロールには複数の探索者が参加することが可能です。1人目はSTRを全て、2人目以降は半分で計算します。
どちらかの行動に成功すれば、吹雪はたちまち掻き消え、静かな空が帰ってきます。
ただし、探索者たちがこれらの方法をイタクァの眼前で行わなかった場合、それは何の結果を生むこともありません。
イタクァの怒りは治まらず、どちらかもう一つの手段を取らねば、凍え死ぬ結末からは避けられないでしょう。
また、イトクラクの精神状態について注意を払っていなかった場合、吹雪が消える前に彼はイタクァへ叫びます。
何もかも無くしてしまった彼は、自身も自然に還してほしい、とイタクァへ願うのです。
彼の願いを聞いたイタクァは、まるで神のように彼を消えていく吹雪に巻き込み、それとともに完全に消してしまいます。
イトクラクとイタクァの顛末が如何にせよ、吹雪は掻き消え、後には静かな冬山の光景だけが残されます。
恐怖と吹雪から解放された探索者たちは、氷点下の絨毯の上で緊張の糸が切れ、意識を失うことでしょう。
嘘のように吹雪は止んだ。閑静な雪景色の中、白粉を被った針葉樹が並んでいた。
虫も、鳥も、動物も。およそ一切の生物が存在しない空間で、君たちは静かに呆けていた。
肉体は既に限界を越えていた。そして、精神も。……腕と足が静かに震え、吐く息が目の前に立ち上り、かちかちと歯が打ち鳴らされる。
その感覚すらも急速に凍てつき、単純な冷たさに取って代わられて消えた。
肉体が限界に達した刹那、不思議な温もりが全身を包み、君たちは真っ白な布団の上に崩れ落ちた。
薄れゆく視界の中、ようやく姿を現した太陽だけが、いつもと変わらない暖かな光を放っていた。
生還した探索者は2d10正気度を獲得し、千秋を助けることが出来ていれば、さらに1d4正気度を獲得します。
生存者は彼らだけでなく、探索者たちが吹雪を払ったことにより救助隊が到着し、幾人かの人間も命が救われたことを伝えておくと良いでしょう。
信号弾を打ち上げられた場合、救助隊の到着も早まったため、助かった人間はさらに多くなります。その場合、さらに1d3正気度を獲得します。
イトクラクが生きていた場合、彼がこの先どうするかは、キーパーの決定に委ねられます。
ただ、生け贄の儀式といった因習が外の人間に知られてしまえば、彼の立場は一層苦しいものとなることでしょう。
『きつねの小窓』を回している内に作りたくなった、正反対の毛色のシナリオです。
どうしようもない力での蹂躙、ダイス目による惨事の乱発は、回している当人も含めた全員をヒヤヒヤさせる恐ろしさがあります。
が、それもまたクトゥルフ神話TRPGの一つの楽しみ方かも知れません。
何かありましたら、Web拍手やTwitterにてメッセージをお送りください。