死霊のことわり
0.このページについて
シナリオもどき『死霊のことわり』の公開ページです。
当サイトの他のシナリオと同じ形式で書かれていますが、こちらは時間のプレイでテストプレイが済んでいない不完全な品です。
そのため実際に回すことも可能ではありますが、小説みたいに読み物として読まれることをオススメします。
1.シナリオ概要
1920年代のアメリカはマサチューセッツ州『アーカム』が舞台です。
探索者たちは架空の探偵事務所『アル探偵事務所』の名誉所員(あるいは所員)となり、事務所に舞い込んだ人探し依頼を遂行することになります。
ところがこの依頼人は、どこかおかしな様子があり……
難易度はそこそこ。銃撃戦がほぼ確実に発生するため、危険は覚悟の上で。
2.あらすじ
アル探偵事務所。かつて伝説の私立探偵と呼ばれた男……が所長を務めていたのは、だいぶ昔のお話。
彼が死に、その娘が跡を継ぐやいなやトントン拍子に寂れていき、今や閑古鳥の鳴く小規模事務所である。
そんな事務所ゆえか、良い意味でも悪い意味でもゆるい雰囲気を持ち、町に住む変人偏屈……要するに探索者たちの溜まり場ともなっていた。
さて、今回のシナリオは、事務所の長である『レティシア・アレン』がどこからか純朴そうな少年を連れてきたところから始まる。
少年『ケビン・ブラウン』は郊外に住む羊飼いだが、最近所用でアーカムを訪れた際、とある女性に一目惚れ。
故郷に帰っても仕事もまったく手につかず、仲間からも囃し立てられる始末。
こんな悶々とした思いを抱きながら生きていくのは嫌だ。そう思った彼は一念発起し馬車に乗り込み、アーカムを訪れたのだ。
――が、大金を持った田舎者など、都会ではネギを背負ったカモ以外の何者でもない。
当然のごとくチンピラに絡まれた彼はレティに助けられ、なんとか事務所にたどり着く。
そして道すがらに彼女が探偵であり、人探しも請け負っていることを聞き、依頼を決意したのだそうだ。
本題に戻ると、彼の初恋の人は『おそらくアーカムに住んでいると思う』以外何もわからない。
しかし彼は、彼女の写真を持っているという。アーカムで露天商から買った風景写真に、彼女が偶然写り込んでいたのだそうだ。
探索者が頼んでみると、ケビンは快く写真を見せてくれるのだが……
そこには誰も写っていなかった。
それはどこからどうみても、ただの風景写真に過ぎなかった。
首を傾げて尋ねると、彼は純真な瞳でこう答えるのだった。
「ええ、まあ。とんでもない美人さんですよね。僕、こんな人を見たのは初めてで……」
3.シナリオの背景
ミ=ゴ。それは冥王星にある都市『ユゴス』より飛来した、恐るべき宇宙生物の呼称だ。
彼らは極めて高度な科学力を持ち、とりわけ医学面では人類が想像だにしないような技術を持っている。
ケビンの住む田舎町の近辺に、彼らの興味を引く鉱石の採掘ポイントが見つかったのは不幸な偶然だった。
今回登場するミ=ゴたちは、シュブ=ニグラスという神へ生贄を捧げることを大きな喜びとしている。
新天地に引っ越した彼らは、当然新たな生贄を確保するため、『生き餌』を用いることに決めた。
町の人間を捕まえ改造することで、必要なときに必要なだけの生贄を、自発的に持ってこさせるのである。
ケビンは彼らに捕まり、脳みそを取り出され、彼らの体と同じ物質製の義体に詰め替えられてしまう。
こうすることでミ=ゴの発するテレパシー通りに操られ、普段は自ずからミ=ゴのために行動する、立派な生き餌となったのだ。
田舎町へ戻り、自らの身に起きた変化に気づくこともなく日常を送るケビン。
しかし、彼には新たな能力が目覚めていた。同じようにミ=ゴに改造された人間、その怨霊を見る能力である。
ケビンはアーカムに訪れた際、かつて生き餌とされ、死を選んだ女性『クラリモンド』の霊を目撃し、その俗世を離れた美しさにゾッコンになってしまった。
こうして彼は再びアーカムを訪れ、探偵事務所へと依頼を持ち込む。
愛しの女性が霊体であることも、己の肉体が奪われたことも、何もかも知らぬまま……
4.登場人物
ケビン・ブラウン 14歳、不運な羊飼い
STR:10 DEX:12 INT:13
CON:15 APP:09 POW:11
SIZ:12 SAN:36 EDU:07
HP :14 MP :11 db:00
真面目さと勤勉さ、加えて実直さが取り柄な少年。
外見は田舎っぽさが抜けず、率直に言えば田舎者丸出しの外見をしている。
加えて訛りがきつく(適当な方言で喋るとそれっぽいかも)、口を開くまでもなく、口を開けば確実に、彼が都会に慣れていないことは明白である。
ただ、それは彼の純朴な内面を表している……と言えるかもしれない。
アーカムから離れた町で羊飼いをしていたが、アーカムでクラリモンドに一目惚れ。
『いつか都会に出よう』と貯め込んでいたお金をありったけ(悲しいことに、そう大した額ではない)持ち出し、愛しの人を探す冒険に出た。
彼の恋の行方は、果たして……?
レティシア・アレン、24歳、事務所の女所長
STR:12 DEX:09 INT:11
CON:16 APP:13 POW:17
SIZ:13 SAN:85 EDU:17
HP :15 MP :17 db:+1d4
アーカムに門を構える『アル探偵事務所』の経営者。
外面は少し抜けているが、内面は案外計算高く、理知的に判断する思考の持ち主。
相手を知らず知らずのうちに自分のペースに巻き込み、利になるように動かしている……と本人は思っている。
実際は現実が思考を上回ることが多く、知らず知らずのうちに貧乏くじを引き込んでいることが大多数である。
とはいえ、そんな彼女の冴えない面が周囲からは愛されているため、完全に損をしているとも言い難い。
ある意味、天然の人たらし力を持っている、とも言えないこともなくもなくもないかもしれない。
別件依頼を受けているため、今回特に役に立ったりすることはない。
同行させたり手助けさせたりも出来るが、あまり押し付けがましくならないようにしよう。
クラリモンド 21歳(享年)、不幸な淑女
APP:17
アーカム在住の女性。身寄りはなく、親の顔を見たこともない。
十代は娼婦として過ごし、二十に入ったころに酒場で働き始め、そこでギャングのボスに見初められる。
彼と出会って一年後、ミ=ゴの手により『生き餌』に加工され、大切な人に危害を加える前に、と自ら命を落とす。
死後、彼女の魂は誰にも声を届けられぬまま、絶望のままにアーカムをさまよい続けた。
(もっともこの町の性質上、誰かに声が届いた方が悪いことになっていた可能性が高いのだが)
彼女の死は、ミ=ゴたちに衝撃を与えた。すなわち『生き餌にされたことに気づけば、人間は自害してしまう』ということである。
ミ=ゴ、ユゴスよりの科学者
菌類。6体のグループで共同生活を送っており、地球の鉱物の研究をしている。
それぞれ危険なバイオ装甲や電気銃で武装しているため、正面切って戦うのは無謀の一言に尽きる。
体の構造は菌類に近いが、外見的特徴はむしろ甲殻類のそれに近い。
5.導入
探索者たちが主のいない事務所でくつろいでいると、所長が見知らぬ少年を連れて帰ってくる。
彼は依頼人であり、初恋の人を探しにアーカムを訪れ、人探しの依頼を事務所に持ち込みに来たそうだ。
ケビンはたどたどしい感じがするものの、純朴で好感の持てる少年である。
依頼を受けることを決めると、参考資料として彼は『初恋の人』の写っている写真を見せてくれる。
……だが、それはどう見ても単なる風景写真であり、人は誰も写っていない。
彼に『どこに写っているの?』と尋ねても、誰もいないスペースを頬を染めて指し示すだけである。
ケビンの精神状態を<心理学>や<精神分析>で探っても、『彼には本当に誰かが見えている』と分かるだけだ。
趣向を変え、ケビンに彼女の外見を尋ねると、彼は次のように教えてくれる。
・長い金色の髪。朝日に照らされたライ麦畑のよう、らしい。
・鮮烈な赤色の髪飾り。鶏さ潰した時の血の色に似てる、らしい。
特徴的な形をしており(櫛さちっこく縮めて、お月様みたいにひん曲げたような)、彼の住む田舎では見たことがない。
・全体的に薄手で、蝶の羽めいてひらひらとした服飾。都会にしかいないような感じ、らしい。
これらの特徴のうち、彼は写真に写るはずのない『色』を語っている。
当時の写真はモノクロであり、当然この写真も白黒なのだが、彼は色味までしっかりと識別している。
このことについて、彼は「都会の写真ってすごいなあ」と無邪気に考えている。
情報をすべて一度に渡すのではなく、適度に交渉を挟みながらにするとよい。
彼は『自分で見ればわかる程度の情報』を何故話さなければいけないのか、と首を傾げるからである。
彼の頭の中にしか存在しない人探しに、カネを取っていいのか? と良識のある探索者は考えるかもしれない。
しかし間違いを正してあげることも大人の役目である。
ほうぼう歩き回って見つからなければ、彼も諦めがつくだろう。
それに彼をこのまま放り出したところで、もっと悪い人間のカモにされる運命が待つだけだ。
カネを取るか取らないかは別として、彼に協力してあげるのもいいかもしれない。
そんなこんなで情報を集めたのなら、探索者たちはいよいよアーカムに繰り出すことになる。
ケビンの不可解さ
彼は依頼料として、$30を事務所に支払う。
しかし彼のような少年が、そんな大金をどこで得たのだろうか?
詳しく尋ねると、町の人に金を買ってもらって(銀行に持ち込めばもう少し高いレートで交換してもらえたのだが、彼はそれを知らない)得たのだという。
だが、その金をどこで得たのかは覚えておらず、家にあったものを持ち出したのでもないらしい。
ケビンが何か疑われたと感じると、突然烈火のごとく怒り出すことがある。
ただし疑いを解くと、初めから怒っていなかったかのように、ケロッとして何時ものケビンに戻る。
この奇妙な怒りはミ=ゴが彼に仕込んだ防衛反応であり、そのために何の脈絡もなく怒るのである。
先の伏線になるイベントだが、怒られて気分のいい人間がいるわけもないので、プレイヤーが第二のケビンにならないように配慮して起こすこと。
6.髪飾りを探して
初恋の人の外見的特徴の中で、もっとも個人を特定できそうなものは髪飾りである。
探索者が同じようなものを探し歩けば、それを着用した女性をアーカム内の小劇場で見た、と教えて貰うことができる。
小劇場では『悲劇の英雄』カスター将軍の劇が演じられており、件の女性は端役として出演している。
しかし明らかにケビンの証言と違う人相であり、髪は短く、服装は(舞台上なので当然だが)ひらひらしておらず、そもそも美人でもない。
彼女の名前はデジー。売れない劇団員をやっており、収入は乏しく称賛の声に飢えている。
劇が終わったあとに会いに行き、彼女のファンだと言えば、大喜びで質問に答えてくれるだろう。
カンザシについて尋ねれば、彼女は機嫌よく話を聞かせてくれる。
・舞台上で目立つため、どんな役でも(たとえ目立つべきでない役でも!)この髪飾りをつけて出演している。
・これは『カンザシ』という中国(彼女は少し勘違いしている)の髪飾りであり、自分以外で身につけているものを見たことはない。
ただし『それをどこで手に入れたのか?』と聞くのは少し手間取るかもしれない。
彼女は自分の個性をそのカンザシで主張しているため、それが脅かされることを恐れているのだ。
探索者たちが適切なおべっかを使うか、金銭などで交渉すれば『アーカム・サナトリウムの辺りの輸入品店で買った』と教えてもらうことが出来る。
7.裏路地の輸入品店
アーカム・サナトリウム周辺の路地を当たれば、件の輸入品店を見つけることが出来る。
店外の壁には『美人魚』『河伯』という漢字が彫り込まれ、いかにもと言った印象を受ける。
店内は鼻をつくエキゾチックに加え、所狭しと並べられた木彫りの人形や何かのミイラ、原色が多用されたアクセサリなどがオリエンタルな雰囲気を醸し出している。
平たく言えば、立地も相まり極めて胡散臭い店だ。
店にいるのは中国系らしき店長一人のみ。
彼は向学心の強い人物であり、ミスカトニック大学の講義を聞くことを趣味にしている。
……もっとも大学に在籍はしておらず、町中にいる学生に金を払い、講義の内容を聞く形で、だが。
探索者たちの中にミスカトニック大学に在籍していたものがいれば、彼に話を聞かせてやったことがあるかもしれない。
<任意の学術技能>ロールに成功し、彼の興味を引く話ができれば(ずいぶん前のことだからな、と前置きした上で)カンザシの購入者について教えてくれる。
・店に来たのは二人組で、雇用者と被雇用者の関係に見えた。
・その両方が女性であった。片方は40代、もう片方はまだ10代か20代に入ったばかりに見えた。
・彼女の外見的特徴はケビンの言ったものと似ており、クラリスと呼ばれていた。
・そして、それが確か……10年ほど前の話だ。
ケビンや探索者たちは耳を疑うだろうが、カンザシを買っていく物好きは少なく、それゆえハッキリ覚えていると店長は言う。
8.うらぶれた酒場
10年前の『クラリス』を探すのは、そう手間取らないだろう。
町のごろつき相手でもいいし、酒に酔って路上で寝ている老人でもいい。
10年前からアーカムに住んでいる人間なら、誰でも彼女のことを知っている可能性がある。
(もしかすると、酒好きの探索者が唐突に思い出すのかもしれない)
クラリスは10年前、町外れの酒場『レッド・ファウンテン』で見かけたとのこと。
酒場は見るからに寂れてしまっており、看板も『..e....fou..ta...n』と読むのがやっとだ。
探索者がここが酒場かと尋ねれば、店主は『酒は出さないよ!』と怒鳴りつける。
店主は老齢の女性であり、胸元の開いた服が却ってみすぼらしさを強調している。
彼女は汚いテーブルの上に頬杖をつき、目の前に客などいないような態度でタバコを吸いながら話す。
確かに10年前は酒場を経営しており、それも上手くいっていたのだが、時代の流れに取り残され凋落。
「昔はよかったよ! 昔はね!」が今の口癖だ。
クラリスのことが話題に上れば「アンタ、あの子の知り合いかい」と彼女はたちまち不機嫌そうになる。
・クラリスは『クラリモンド』という名で、東洋の髪飾りを買って”あげた”(彼女はそこを強調する)ことがある。
・勉強熱心な子で、文字の読み書きも自力で覚えたらしい。
・優しい性格だが、問題事を一人で抱え込む癖があった。
・この酒場の人気者だったが、ギャングのボスに見初められ、彼のお抱えになって酒場を離れていった。
・それからはあまり関わりはなく、1年も経たないうちに手紙もよこさなくなった。
彼女の口ぶりは乱暴なものだが、不思議と敵意は感じられず、どこか柔らかい雰囲気を漂わせる(あの子は苦労人なんだよ、と少し寂しさの混じった調子で言う)。
そして彼女を抱えて行ったギャングについて尋ねれば、憎々しげに教えてもらえるだろう。
9.ギャングの邸宅
『エイダン・タウンゼント』は引退したギャングのボスである。
現在の彼は町の中心から遠すぎず、離れすぎずの位置に邸宅を構え、悠々自適な暮らしをしている。
恨みを買うのが日常茶飯事であった(何も警戒しなけりゃ、今頃スイスチーズ(蜂の巣的な意味)にされてたね)彼に会うためには、何らかのコネクションを使わなければならない。
門番にカンザシを見せ、クラリモンドとの関係性を匂わせるのは有効な手段の一つである。
邸宅の内装は(おそらくは善良な)誰かの金で彩られた豪勢な作りになっている。
応接室に案内された探索者たちは、そこで護衛もつけていない老齢のギャングと出会うことになる。
探索者たちがクラリモンドの名前を出す前に、彼は探索者たちと彼女の関係性について尋ねる。
どう答えるかは自由だが、正直に「何も知らない」と答えても気を害することはない。
彼は今でも彼女のことを大切に思っており、その思い出話の相手を求めていたのだ。
探索者たちがクラリモンドについて尋ねると、以下のように教えてくれる。
・クラリモンドは9年前に死んだ。飛び降り自殺だった(ケビンはそこで固まってしまう)。
・死体は土葬に処されるはずだったが、棺桶に入れられていたはずのそれが、いつの間にかの消えてしまったらしい。
・葬儀屋に『和やかに』詰め寄ったが口を割らなかったため、おそらく本当に誰かが持ち去ったのだと思われる。
・気立ての良い美人だが、豪胆な面もある女性であり、時には年上であるシモンを叱り飛ばすこともあったという。
・彼女の過去は知らない(女の過去など、言い出さなければ存在しないのと同じだ、と彼は言う)。
・遺品については今は話してくれない。
10.口を焼く酒
ある程度事情の説明を終えると、エイダンは一本の酒を棚から取り出し、全員分のショットグラスに注ぐ。
彼は「彼女の思い出に乾杯しよう」と持ちかける。当然ながら、誘いを断れば機嫌を損ねる結果になる。
無論『酒が飲めるか、飲めないか』を彼が問題にさせてくれることはない。
彼の誘いを跳ね除けるには、POW*5ロールへの成功が必要であるが、成功しても良い事は何一つ起こらない。
探索者が警戒し、『グラスを替えよう』などと言っても、これといって問題はない。
そういった疑いを向けられるのは慣れており、そんなことで気を害したりはしないのだ。
酒を全部飲み干す必要はないが、軽く舌が触れただけでも強烈なアルコールの臭いと、焦げ付くようなヨードの風味が口中を満たす。
かなり強いクセがある酒である。飲み干すには《幸運》ロールか、《年齢》*3ロールが必要だろう。
万が一吹き出したり、咳き込んでしまってもエイダンは怒ったりはしない。
「慣れるとやみつきになるんだ、これが」と若者を見て笑うのみである。
ケビンが酒を呑むと、口に含んだ途端、「むぅっ」と言って崩れ落ちる。
「うぐ、ぐ……」と俯いて苦しむ彼を見て、エイダンは「酒は初めてかね?」と笑っているが……
彼が顔を持ち上げると、途端にその笑みは凍りつく。
ケビンの唇は強酸を浴びたように溶け、歯茎が露出しているのだ。
そしてその歯茎すら、見ている間にも『じゅうじゅう』と音を立てて溶解し、紫色のあぶくを立てている。
あんぐりと口を開ける探索者たちとエイダンの前で、彼の歯がぽとり、と地面に落ちる。
この凄絶な光景を見た探索者は、1/1d3正気度を失う。
探索者が正気度を失うと、エイダンはドアを開け、「誰かっ! マークを、医師を呼べっ!」と怒鳴り散らす。
血相を変えたその様子には、何ら策略めいたものは感じられない。
ケビンの口元を執拗に拭ってあげると、溶解現象は治まる。
彼は医務室に連れて行かれ、適切な処置を受けることになるだろう。
一時騒然とした後、彼との会話は再開する。
11.死霊のことわり
エイダンは、用意したものはクラリモンドが好きだった酒で……しかし、死の数日前から、急に勧めても飲まなくなったのだと教えてくれる。
変化はそれだけか、と尋ねれば、さらに「そういえば、写真に写ることも嫌がるようになった」と言う。
探索者は彼女の遺品に興味を持つかもしれない。エイダンは負い目もあってか、素直にそれを教えてくれる。
彼女の遺品は日記、不思議な金属で作られた缶、何故か宙に浮いたそれが写された写真、そしてあの赤いカンザシの四つである。
日記を探索者が閲覧したいと言っても、彼は「墓まで持っていくつもりだ」と拒絶する。
彼を説得するには、探索者が《説得》ロールに成功するか、彼の納得が行く推論を示さなければならない。
推論とはつまり、日記の閲覧が彼女の死の原因を洗い出すことにつながる、という根拠を提示することである。
クラリモンドの遺品は以下のような情報となる。
クラリモンドの日記
彼女が『紫色の菌類のような、奇怪な怪物に出会った夢を見た』ことを教えてくれる。
何らかの機械に拘束され、肉体を思う様舐られ、作り変えられてしまったのだと語る。
『私には分かる。あの怪物たちは私を操るためにそうしたのだと』
『奴らは、奴らと同じ紫色の菌で作った義体を用意し、それに私の脳を移し替えた』
『悪夢のような出来事だった。奴らが何か命令をすると、操り人形のように体が動き、それを実行しようとした』 『そして奴らは、人間をここへ連れて来いと命令した。けれど、奴らの思うようになんてさせない』
『私の大切な人たちを……あの場所から拾ってくれたママや、見初めてくれた夫を傷つけるくらいなら……』
次のページには、少し落ち着いたような筆跡が遺されていた。
『この日記を読んでいる方。それはきっと、夫では無いでしょう』
『私と貴方たちには、きっと何ら繋がりはありません。ですが、貴方たちにお願いしたいことがあります』。
『どうか、あの怪物たちを倒してください。奴らが再来するのは、いつか分かりません』
『ですが、人間に害をもたらす存在であることは間違いないでしょう』
『何か、役立つことを。私に分かることを出来る限り書き残しておきます』
『私の体、つまり奴らの体は写真に写らないようです』
『自分を写真に写したことがありますが、そこには奇妙な缶が写っているのみでした』
『奴らは高い知性を持ち、空を飛ぶ翼を持ち、武装しています』
『恐ろしい距離にまで電気を飛ばす銃と、ネバネバした気味の悪い質感の装甲を持っているようです』
『私には、もう時間がありません。でも、いつの日か。どうか、お願いします……』
金属製の缶
缶詰めは異様な金属で作られており、一見して開けるための口は見当たらない。
しかし<鍵開け>に成功すれば、缶に刃物を通し、中身を見ることが出来る。
中身は腐敗した脳みそである。腐敗した脳が、極めて強い悪臭を放つ液体に浸かり、ぷかぷかと漂っているのである。
この脳を目撃した探索者はクラリモンドの末路を想像し、1/1d2正気度を失う。
遺品の閲覧後
遺品を全て調べ終えたタイミングでケビンが帰ってくる。
彼は、青い顔をした先の門番に連れられている……のだが、その口元はもとに戻り、あの悪夢の痕跡は抜け落ちた歯だけだ。
門番は客人を悪く言わないよう、口を固くしている。
しかし彼から話を聞き出せたのなら、ケビンは一分ほど悶えていたが、急に傷口がぶくぶくと泡立ち始めたかと思うと、もとのように再生したのだという。
探索者が先の騒動でケビンに同行していた場合、顔を青くするのはその探索者の役目となる(正気度1/1d6喪失)。
探索者がケビンの写真を撮ろうとすれば、<写真術>のロールが必要となる。
しかし彼の姿は写らず、代わりに写っているのは宙に浮かぶ金属の缶。目の前にあるものとまったく同じ形状の缶詰である。
探索者は、クラリモンドの日記が真実を書き出していたことを察し、1/1d4正気度を喪失する。
12.誇りを賭けた戦い
ケビンに判明したことを(いくつか秘匿しても構わない)伝えると、彼は「そうなんですか」と気のない調子で答える。
そして「真実が分かって嬉しい。お礼をさせて欲しいから街に来てくれ」などと急に明るい調子で言い始める。
彼の意識は混濁し始め、ミ=ゴの尖兵としての行動を始めているのである。
無論、この誘いは罠である。探索者が誘いに乗ってしまえば、待つのは電気銃による一方的な攻撃だ。
ミ=ゴたちは生き餌がいつまでも獲物を連れてこないようなら、何か誤作動を起こしたのではと考え、回収し分析するためにアーカムへと訪れる。
これはクラリモンドの死体のときも行われたことである。
<アイデア>に成功すれば、ケビンが戻らないことで同じような行動を取るのでは、と思いつくことが出来る。
探索者たちがミ=ゴと事を構えようとするなら、奴らの電気銃による攻撃を防ぐ算段を立てなければならない。
遮蔽物の多い場所を戦いの舞台に選ぶのが、もっとも簡易な方法だろう。
ライフルは有効な攻撃手段であるが、アーカム内での発砲は許されていない。
探索者たちが銃撃戦を挑むなら、郊外に出ていく必要があるだろう。
エイダンに頼めば、彼の住居一帯を貸してもらえる。
ここで何が起きても彼らは関知しないし、誰かに探りを入れることもさせないというのである。
もしエイダンに助っ人を頼むのなら、彼は70%の<ライフル>と55%の<歴戦の勘>を持っている。
この<歴戦の勘>技能は目星や回避の代替としてロールする。
ただし、エイダンが万が一死亡した場合、探索者たちは全員ロストとなってしまう。
ロストする理由は説明するまでもないだろう。
探索者が準備を済ませれば、あとはアーカムへ飛来した6体のミ=ゴたちを撃ち落とすだけである。
ミ=ゴのデータはルールブックのp.192を参照すること。
このページのデータに加え、彼らのうち2体は6ポイントのバイオ装甲を持つ。
その他の4体は3d8+スタン効果を与え、基本射程が300mの電気銃で武装している。
彼らの<電気銃>の技能は60%だが、電気を遮るものが間にあった場合、ダメージもスタン効果も与えることが出来ない。
機転の効く探索者は、ケビンの唇を焼いた例の酒を戦いに用いることを思いつくかもしれない。
その場合、<投擲>ロールにより投げ割ることで、ミ=ゴを1d6ラウンドの間、スタンさせることができる。
ただし、少なくともミ=ゴたちが探索者たちを射程に収める距離でなければ、投擲を命中させることは出来ないだろう。
ケビンを拘束していない場合、彼はいかなる手段を用いてでも探索者たちを妨害しようとする。
戦いのシチュエーション
今回の戦闘では、探索者たちは事前に自分の有利なシチュエーションを選ぶことが出来る。
遮蔽物の多い地帯を戦いの舞台に選べば、ミ=ゴの電気銃を回避しやすくなる。
具体的には、<遮蔽物に隠れる>のロールを<回避>で行うことが出来る。これは通常の<回避>とは別のチャンスである。
当然、彼らが身を乗り出して攻撃しないラウンドは、このロールすら行う必要はない。
ミ=ゴたちは探索者たちを地上にみとめると、まずは電気銃による殺害を試みる。
それではらちが空かないと考えた場合は一斉に降下し、接近した上での殺害を試みる。
ただし、このとき探索者たちが銃を向けていたのなら、彼らはリスクを嫌い、戦いを挑まずに逃げ帰ってしまう。
そしてケビンを見捨て、彼に場所を知られた基地からはいなくなってしまう。
こうなれば真相を知ることは不可能である。
彼らが降下を始めた場合、探索者たちは3ラウンドの間、一方的に攻撃を仕掛けることが可能になる。
降下中ゆえ、彼らは回避も不可能となる。
全てのミ=ゴのHPをゼロに出来れば戦闘は終了する。
地上に降りたミ=ゴと格闘する場合は、死を覚悟しなければならない。
13.冒涜的な知識を求めて
戦闘が終了すると、ケビンは気絶してしまう。
ミ=ゴたちによる精神操作が停止したため、一時的に記憶の混乱を起こしたのだ。
目を覚ました彼は霧が晴れたように気分が良くなっており、件の写真から人間を見出すことも出来なくなっている。
……が、まだ事態は真の解決を迎えていない。
メンテナンスの施されない脳缶の中では、ケビンの脳はクラリスの脳のように腐り果てるのを待つのみである。
探索者たちがこのことに気づいたなら、彼の案内でミ=ゴたちの基地へと案内してもらうことができる。
基地は山間部の洞窟内にあり、極めて異質で非生物的な内装をした、異様に広い部屋である。
そこにはいくつものケースが置かれ、様々な地球の鉱物が保管されている。
ケビンの肉体は、額から上を切り取られた状態で、培養カプセルの中に浮かんでいる。
この冒涜的な光景を見た探索者は、1/1d6ポイントの正気度を失う。
付近には人間の研究データらしき手帳があるが、何故か英語で書かれており、解読が可能となっている。
賢明な探索者は、ミ=ゴたちの協力者が人間の中に存在していることに気づくだろうが、それは今語られることではない。
<アイデア>に2回連続で成功するか<医学>に成功すれば、<クトゥルフ神話>+5%と引き換えにこれの内容を解読出来る。
その中には、人間の脳を移し替えるという冒涜的な技術についての記述もある。
この手術を実際に行うには、確かな経験と勘……つまり<医学>ロールが必要となる。手順に関しては、他人から説明されたものでも構わない。
ケビンをもとに戻すか否かは探索者たちの自由である。
データの解読さえ済めば、予備の脳缶を見つけることができる。
中の培養液を3年毎に取り替えれば、彼は生存できるだろう。
無事に探索者が巣穴の探索を終了すれば、シナリオは終了である。
14.エピローグ
探索者たちが事務所で武勇伝を語っていると、ケビンから手紙が届く。
……彼はどうやら、都会がこのような冒険に溢れた世界だと勘違いしてしまったらしく、いつかあのミ=ゴのような怪物たちと戦えるよう、体を鍛えているらしい。
エイダンはクラリスの死の真相を暴いてくれたことに深く感謝してくれる。
探索者たちが協力を求めれば、いつでも便宜を図ると約束してくれる。
特に何の役にも立たなかった所長に労われ、めでたしめでたしでエピローグは終わる。
(彼女が何かしらひどい目に遭うオチがついてもいいかもしれない)
ミ=ゴたちの企てを挫いた探索者たちは、2d6ポイントの正気度報酬を得る。
基地に潜入し、ケビンの延命の手段を確保したなら固定で5ポイント。
彼を元の体に戻せれば、さらに固定で5ポイントを獲得する。
15.終わりに
1920's! 銃! ライフル! 射撃! 射撃! 射撃!
……というテンションで書かれたシナリオです。ラストの銃撃戦のために、ほぼ全てがあります。
会話パートの多いシナリオなので、キーパリング能力が問われるでしょう。
もしこのシナリオを回そうと思われるのなら、とにかくたっぷり時間を確保することです。
クトゥルフの戦闘は時間を食います。それはもう!