基本的に物置き

星海に故郷(ほし)を望んで

0.概要

このシナリオはクトゥルフ神話第6版/第7版に対応しています。
舞台は月面にある謎の魔法陣の上に広がる塔と、探索者の記憶の中。
なぜここに、どうしてこんなものが? 意味深なシチュエーションの謎をとくべく、探索者は記憶の中へと潜っていきます。
記憶を全て取り戻した時、探索者が選ぶべき道とは……?

特殊なシナリオとなっており、自由度がかなり低く、一部に次に取る行動が決まっている場面があります。そのためプレイヤーさんには事前に説明しておくとよいでしょう。
ただし特殊な分、他にはない独特の楽しみ方の出来るシナリオとなっています。
プレイ時間は9時間~11時間程度が目安。時間を多めに取るとロールプレイを挟みやすいです。

推奨技能は《図書館》《コンピューター》《こぶし》程度です。

1.あらすじ

何気ない毎日。ありふれた日常。
昼の自由時間。ふと空を見上げると、流れ星。

……それが直前の記憶。

しかし今、君はひんやりとした硬い床に背をつけて天を見上げている。
そしてその向こうには、星の海に浮かぶ地球の姿が、映像などではありえない質感を持ってくっきりと映し出されているのだ。
常識ではありえない、何より自分の記憶と繋がらない、異質で異常な光景。

「あの……」

そんな光景が、君がなんらリアクションを起こす前に、見知らぬ少女の顔に遮られた。
年の頃は10代後半くらいだろうか。純朴そうな目鼻立ちの少女は、当惑の表情を浮かべて続けた。

「私のこと、知りませんか?」

●KP向け簡易あらすじ

探索者が見上げた流れ星は、そこに《ニャルラトテップの萌芽》という邪悪な存在を宿していました。
落下点に不用意に近づいた探索者は、運悪く萌芽に寄生されてしまい、自我の危機に脅かされます。
探索者は萌芽を取り去るため、2人の仲間とともに探索を行います。
しかし完全な結果を出すことは出来ず、仲間と世界を守るため、萌芽を自身もろともに封印したのでした。

そしてそれから10万年以上も後、封印の弱まりとともに萌芽は目覚めます。
当然、彼女の無尽蔵な悪意は、自身をこんな境遇に追いやった探索者へと向けられます。
彼女は探索者の記憶の一部を奪うと、何も知らない無垢な少女として探索者と出会うことにしました。
その思考を徐々に誘導し、自らの手で破滅の引き金を引かせるために。

果たして探索者は彼女の罠を見破ることが出来るのでしょうか?

2.事件の裏側

ニャルラトテップの萌芽。
それは外宇宙に住まうかの邪神の悪意がこの宇宙へと漏れ出し、それ自体が自我に目覚めたことで生まれた邪悪な存在です。
萌芽は実体を持ちませんが、何らかの生命体の精神を蝕み、侵食することで肉体を手に入れることが出来ます。
探索者はそんな存在と不幸にも接触してしまい、その精神を究極の危機に晒されてしまいます。
探索者が見上げた流れ星。そこに宿っていたのが萌芽だったのです。

しかし探索者がなぜ、地球を天に見上げることになったのか。
それを説明するには、彼が流れ星を見たあとのことを説明しなければなりません。

流れ星は探索者のすぐ近く。人気のない草原地帯に落下しました。
そこに集まったのが探索者と、近所の高校生の松下大翔。同大学生の高坂香織でした。
地上に落ちた星屑に夢を見ていた一同ですが、そこに宿っていたのは悪夢です。
萌芽はその身を3つに分かち、それぞれに憑依したのです。

萌芽が真っ先にもたらしたのは身を裂く激痛でした。
これにより探索者たちは3日もの間意識を失ってしまいます。
そしてその間に、萌芽の成長はほぼ完了。いつでも探索者たちの肉体を乗っ取れる状態となります。

ですが萌芽が本能的に求めていたのは、自身の肉体の確保より、他者を深く害することでした。
萌芽はそれに従い、探索者たちを自由に泳がせ、然るべき時にその精神を奪おうと目論んだのです。
何かを為す、その瞬間に踏み躙られるという最高の絶望を与えるために。

そんな悪意はつゆ知らず、やがて目覚めた探索者たちは自身に起きた事態を知ろうと動き出します。
ですが彼らの前に立ちはだかるのは、一般社会とクトゥルフ神話の世界を隔てる大きな壁。
圧倒的な情報不足により、すぐに探索は行き詰まり、八方塞がりの状態に追い込まれてしまいます。

そんな彼らに差し伸べられたのは、さらなる追い打ちの魔手でした。
『漣』と名乗る武装集団が、探索者の身に宿る萌芽を狙い、彼らを拉致したのです。
漣の目的は、萌芽を通じてニャルラトテップの力を自在に引き出すこと。
そのために必要な情報も真剣に集められ続けていました。

そしてそれは、探索者たちに思わぬ好機をもたらします。
表の世界では決して得られない、クトゥルフ神話の世界の一端へと迫る情報郡。
監禁から脱出した探索者たちは、それらによって己が身に起きた事態をようやく把握。
漣の魔導書の中から《月の封印》なる意味深な呪文も見つけ出し、その内容の解読にわずかな希望を託すこととなります。

ですが、そこに漣の増援部隊が到着。探索者たちを追い詰めます。
今度こそ絶体絶命の危機に追いやられたその時、萌芽がその力を解放。
逆にいともたやすく漣のメンバーを皆殺しにしてしまいます。

萌芽の力、その一端に触れた探索者たちは、もはや事態に一刻の猶予もないことを悟ります。
頼みの綱だった《月の封印》を解読するも、それは任意の品を月に封印する、ただそれだけのもの。
自分自身と萌芽が不可分である現状、それは『死ぬよりましな自殺手段』の域を出ないものでした。
ですが、それ以外に依るべき手段がないこともまた、彼らに突きつけられた明白な事実でした。

やがて探索者たちは封印への決意を固めます。
そして彼らが封印の条件である満月の夜、とある山の頂上に魔法陣を描いた時、ついに萌芽は悪意の牙をむき出しにしたのです。

全身を引き裂く激痛、自身が別の存在に取って代わられる恐怖、そして何より生きるためのあがきを完全に踏み躙られた絶望。
自我を打ち据え、破壊するために生み出された悪意の結晶。しかしそれが探索者に狂気的な閃きをもたらしたのです。
萌芽は悪意を露にした。それはつまり、現在の萌芽には明確な意思があるということを意味しています。
ならば誘導することだって出来るはず。もし全ての萌芽を誰か一人が受け止めれば、その人物だけが封印されれば済むのだと。

……狂気的な作戦は成功に終わります。
探索者は仲間たちの身代わりとなり、3つの萌芽をその身に宿したまま、月へと封印されました。
仲間たちは絶対に探索者を救出することを誓い、地球に取り残されました。

それから長い長い年月が経ち、封印の効力が僅かに薄れ始めたころ。
萌芽は探索者よりも早く目覚めます。人間風情にしてやられた大いなる邪神の断片は、その悪意を満たす計画を立てます。
今度こそ、探索者自身の手でその身を破滅させてやるのだ、と。

一方その頃、探索者の仲間たちも時空を駆ける冒険へと旅立っていました。
封印がほころび、探索者を救いつつ萌芽を取り残せる、そんなタイミングを求めて。

果たして探索者は邪神の甘言に惑わされることなく、仲間たちの元へ帰ることが出来るのでしょうか?

◆補足:探索者について

上述の通り、当シナリオでは『探索者の過去の行動』が明言されています。
これはプレイヤーにとってあまり気分のいいことではないでしょう。しかしシナリオの性質上、ここはやむを得ません。
プレイヤーにはあらかじめ『過去の行動が決定される』ことを伝えておき、『この行動に違和感のないキャラ付けをしてもらう』といいでしょう。
(製作者は『自己犠牲もいとわない強い正義感の持ち主であること』を求めていました)

3.登場人物

タミナ、ニャルラトテップの萌芽

謎の塔に探索者とともに幽閉されていた少女。
その正体は宇宙を漂うニャルラトテップの悪意の欠片から生まれた『萌芽』と呼ばれる精神生命体。
ニャルラトテップ本神とは交信が可能で、あくまでかの神の意思の元でだが、その力を限定的に行使することも出来る。

その内面は混沌としており、どんな行動をとっても矛盾することはないが、未熟さゆえか悪意と慢心が目立つ。
おそらくもう少し、あと数億年ほど経てばニャルラトテップらしくなるのだろう。

自身を手玉に取った探索者には非常に好意的で、深く昏い愛情を抱いている。

高坂香織、19歳、活発外向な大学生

弥代市内の大学に通う少女。外交的で人付き合いも多いが、本心を隠さないので友人が多い。
行動力に富み、確証がない時点で動き出していることも多い。
そんな行動で問題が生じることも多いのだが、責任から逃げることは絶対にないため周囲からは信頼されている。

小綺麗でお嬢様風の見た目をしているが、母親の唯一の楽しみが服選びのため、渋々着ているもの。
その衝動的な性格も、厳しい家庭環境で自分を抑え続ける母親への反発心から生まれたもの。

信じたいものを信じ、感情の赴くままに生きるタイプ。

松下大翔、17歳、消極内向の高校生

弥代市内の高校に通う少年。
一見外交的で付き合いも良いが、本心を隠すので知り合い止まりが多い。
抑圧された本音がたまに口をついて出ることがあり、慌てて取り繕うのだが、そのせいで余計に信頼されていない。

至って普通の家庭に生まれ、至って普通に育ち、至って普通の消極性を持つが、至って普通な勇気も持ち合わせる。
それが表出するかは探索者次第。

石橋を叩いているうちに日が暮れるタイプ。

神路宏明、43歳、見果てぬ夢を見る男

『漣』のリーダー。表向きは貿易商社の社長であり、不良少年の更生にも務める地元の名士。
一方、その裏では彼らに違法な情報収集を行わせ、様々な曰く付きの品物を収集している。

その行動原理は恵まれない境遇の彼らを幸せにしたいという善意からのもの。
しかし経済的、社会的な困難、庇護者としての重圧、周囲の無理解や偏見に晒され続けた結果、その善意は変質。
社会に変革をもたらす新エネルギーとしてニャルラトテップの力を手に入れるという、線香を上げたくなるような野望を抱くに至る。

信じたいものを信じ、感情の赴くままに生きるタイプ。

中原耀(ひかり)、??歳、天涯孤独の少年

探索者たちの見張りを任された少年。記憶があるころから逆算して17歳程度と思われる。
一見すると大翔とさほど変わらない体格をしているが、荒事にはめっぽう強い。
非道な暴力をまるで厭わないことから、神路からは強く信頼を置かれている。

しかしそれは、自身を迫害していた大人と暴力を振るう対象を重ね合わせられたからのこと。
至って普通の少年少女を含んだ探索者たちに対しては非道に徹しきれず、どこか半端な行動が目立つことになる。

探索者たちを殺したくないと考えているため、彼らが自発的な協力を申し出れば受け入れる。
ただし、愛する『漣』の家族と天秤に掛けてためらうことは絶対にない。

戸籍がないため公的な名前もなく、『中原の子』を縮めて『中原』と呼ばれ、日の当たらない場所で生きてきた。
そのため神路に名付けられた『耀』という名には強い愛着を持っている。

4.導入

探索者は謎の魔法陣の上に仰向けになった状態で目覚めます。
見上げた先に広がっているのは広大な星の海。そしてその中央には母なる星、地球の姿。
しかしそんな目を奪う光景は、見知らぬ少女の顔に遮られます。少女は探索者に問いかけます。
「私のこと、知りませんか?」と。

5.タミナについて

タミナは現在のシナリオに大きく関わります。
彼女の目的は探索者を彼自身の選択によって絶望に追いやることです。
そのために彼女は探索者に接近し、彼が他人を信頼出来ないように仕向けていきます。
当初は純粋無垢な記憶喪失の少女として接し、後にその正体を顕にするのもそのためです。

シナリオ開始時、探索者はタミナと初めて出会います。
彼女はこの塔に来た経緯も外の世界のことも覚えていない、記憶喪失の少女として振る舞います。
タミナという名前も、探索者に覚えていないかと尋ねられて初めて答えるものです。
ただし探索者のことだけは深く知っています。この塔には大量の本棚があり、それらは探索者の記憶から生じたものだからです。
彼女は探索者の人となりを知っており、そして彼の欠けた記憶に期待を寄せています。
探索者の欠けた記憶には、もしかすると自身が何者か、という疑問への答えがあるかもしれないし、塔から出る手段があるかもしれないからです。

そういうわけでタミナは探索者に同行し、塔の中の情報を教えてくれます。
主な情報は以下の通りです。

・自分が何者なのか、どういう人間なのかはまるで分からない。
・この塔が何なのか、どういうものなのかもまるで分からない。
・大量の蔵書は全て探索者の視点から見た物事を表している。ただし「流れ星を見た」以降の内容は見たことがない(開始時の探索者とまったく同じ情報を持つ)。
・2~4階には1枚づつよく分からない絵がある。内容については直接見てほしい。
・4階の絵は恐ろしいもの(具体的な話は怯えてしてくれない)を描いている。あまり近づきたくはない。
・5階には何もないが、1階をほぼ真上の角度から見下ろすことが出来る。

6.魔法陣の塔

探索者が目覚めたのは謎の塔の1階です。
周りを見渡すと大量の本棚があり、灰一色の地面にはポツポツと謎の模様が描かれています。
視線をその先に向けると、地平線にはやはり星の海があり、暗黒の中に美しく輝く星々の姿が見えています。

この塔は月面に、正確には月面に描かれた魔法陣の上に建っています。
とはいえ塔と言っても壁面はなく、リング状の足場が縦に5つ並び、それを螺旋状の階段が繋いでいるような光景です。
足場にはまるで見えない壁に沿うように均等に並んだ本棚と、2階から4階には一枚の絵画が飾られています。

本棚に並んでいる本は全て探索者の記憶や知識に基づくもの。
中には忘れていた情報もあるでしょうが、この状況に役立つ知識は一切得ることができません。
これらは探索者の記憶から生成されたもので、記憶や心象風景を視覚化したものです。
なお、あまりないでしょうが、迂闊に破ったり捨てたりすると1回につき1ポイント(7版は5)のEDUが失われます。

この階で重要なのは床に描かれた模様です。
探索者は見覚えがないにも関わらず、その一部を見ただけで「これは魔法陣の一部だ」と認識することになります。
そして思い出そうとすれば、まるで高所から見下ろしたような魔法陣の全体像が浮かんでくるのです。
しかしそれをどんな状況で、どのような感情で見ていたかは思い出すことができません。
そのことをタミナに話すと、5階から見下ろせば同じ光景が見られるのではないか、と提案されます。

7.欠けた絵を巡る

探索者は2~4階にある大きな絵画を見ながら塔を登っていくことになります。
豊かな色彩で描かれた絵は、写真よりも現実感に富んでおり、まるで現実から切り取ってきたかのようになっています。
これらは所詮は絵。詳しく調べることもできず、ただそこにある情報を受け取ることしかできません。
ただし≪芸術≫の素養があれば、これが人間業で描かれたものではないことくらいは分かります。

2階の絵は町外れにある草原を描いています。周囲に人家のない静かな地帯です。
しかしそこには見覚えのない高校生らしき少年と大学生くらいの少女も描かれています。
また、地面に半径1mほどの小さなクレーターがあるのも見えます。

3階の絵はまるで見覚えのない書斎を描いています。
黒壇のデスクには羽根ペン、インクの壺、原稿用紙の束が置かれており、いかにもな書斎といった印象です。
その後ろには背の高い本棚がありますが、どんな本があるかまでは読み取れません。

4階の絵は鮮血にまみれたたくさんの死体を描いています。
背景はなく(シナリオの都合上)、損壊した死体のグロテスクさだけが印象づく絵です。
血の臭いまで漂う有様ですが、どういうわけか絵を見ていなくても血の臭いを感じます。
≪目星≫か≪アイデア≫のどちらかに成功すれば折り重なって倒れた死体の中に生死不明のものが混ざっていることが分かります。

これらは探索者が過去に辿った足跡を表しています。

2階は仲間との出会いと萌芽の憑依、3階は情報を求めての探索、4階は探索中の危機と萌芽の覚醒を描いています。

今はまるで意味が分からないでしょうが、これは実際にあった出来事なのです。

タミナに絵の感想を尋ねても、これが失われた記憶と関わりがあるのでは、と想像しているくらいで特に役には立ちません。
芸術的な素養のない(ふりをしている)彼女にはどんなリアルな絵でも大した意味はないのです。

8.記憶の萌芽

5階に上り、手すりから身を乗り出すと魔法陣をほぼ真上から見下ろすことができます。
すると探索者は吸い込まれるような感覚とともに急速に欠けた記憶の一部を思い出します。

自らの意思で魔法陣を描いたこと。そこに2人の仲間がいたこと。
そして自らの体の中におぞましい何かがいて、それが魔法陣の発動を妨害してきたこと。
両手を広げ、何かを叫ぶと仲間の体から何かが飛び出し、自身の胸に突き刺さったこと。
最終的に『3つの木の根状のもの』が胸を突き破った状態のまま、意識を失ったこと。
最後に仲間たちが、自分に向けて何かを叫んでいたこと。

これらもまた、実際にあった出来事です。
探索者と仲間たちは萌芽の覚醒により、その脅威を身を以て体感。
それらから大切な人の身を守るべく、自身もろともに萌芽を封印するという結論に至ります。

ところが、その作戦もまた萌芽の手のひらの上でした。
封印の魔術の準備を終え、後は呪文を唱えるだけとなった瞬間を狙い萌芽は顕現。
あと一歩でみなを守れた、その絶望を味わわせつつ肉体を完全に乗っ取り、その手で大切な人々を皆殺しにする。
それが萌芽の目論見でした。

しかし激痛に自我が破壊される直前、その痛みが探索者に狂気的な閃きをもたらします。
萌芽は明確に悪意を持っている。つまり意思がある。それなら誘導することだって出来るはずだ、と。
探索者の抵抗により、萌芽の未熟な精神は短絡的な怒りに囚われ、まず彼を見せしめにすべく3つに分かたれた本体を探索者1人に集中。

3倍の力を持って探索者の自我を完全に崩壊せしめんとしました。
しかしそれは探索者が見越した通りでした。
残る2人の仲間は激痛から解放されたことにより、自由を取り戻します。
そして探索者の意思を汲み、3つの萌芽ごと彼を封印すべく呪文を唱えたのです。
萌芽は憑依と同時に探索者の真意を悟りますが、時すでに遅し。
探索者とともに月へと封印される結末を迎えたのでした。

探索者を犠牲にする格好になった仲間たちですが、彼らもこの結末に納得する気はありません。
彼らは「いつか絶対に探索者を救い出して見せる」と叫んでいました。

これは過去に実際に起きた出来事です。
しかし現時点での探索者はそこまで思い出すことができません。

タミナにこのことを話すと、態度は変わらずとも探索者と距離を開けて話すようになります。
まるで自身が怪物かもしれないと考えた純粋な少女が、その可能性を憂慮して隣人を守ろうとしているかのように。

また、彼女は探索者に仲間たちへの疑いをもたせようともします。

9.記憶の世界へ

過去に関する情景を見て一部の記憶を取り戻せた。
ということは謎だった他の絵も今なら記憶を戻す引き金になるかもしれない。
そんな理由で探索者は絵のある場所を巡っていくことになります。

中でも先ほど垣間見た過去に登場したのは、ただ一つ。
松下大翔、そして高坂香織の2名です。
探索者は草原の絵を見ることで、記憶を取り戻していくことになります。

ここからの探索は『過去』のものとなります。
ですがプレイヤーは探索者を操作し、探索者もまた自由に動くことができます。
その一つ一つの行動そのものが『実際に起きた過去』となるのです。

10A.草原の絵『萌芽との邂逅』

何気ない毎日。ありふれた日常。
昼の自由時間。ふと空を見上げると、流れ星。

……それが直前の記憶。

そして今、君はその落下点めがけて走り出している。

流れ星は思ったよりも近くに落ち、どうやらそれは見知った場所だった。
興味本位か、それとも何かしらの事情か。それらは探索者次第ですが、彼は草原へと辿り着きます。
そこには小さなクレーターと、その中央に埋まった小さな石ころがあります。
……それだけです。

煙が噴いているとか高熱を発しているとか超能力者になれそうな磁場が広がっているなんてことはありません。
探索者が非日常を求めてやってきたのなら、多分にがっかりするような光景です。

そしてそこに、さらに2人の人間が訪れます。1人は高坂香織。もう1人は松下大翔。
彼らもまた非日常を求め、流れ星の落下点にやってきたのでした。
が、そんな彼らと話しているうちに奇妙なことが起こります。

ぞわり、と悪寒立ったかと思うと、全身を引き裂かれるような激痛を感じるのです。
これは未成熟な萌芽が適当に脳をいじくり回しているために起きているのですが、彼らにそんなことは知るよしもありません。
想像を絶する痛みにのたうち回っていると、探索者は半ば無意識にクレーターに手を伸ばしていること。
そして他の2人もまた同様に進んでいることに気づきます。

やがてその上に手をかざすと、胸の奥に鋭く鈍い痛み。
そして内蔵をかき回されるような激痛が続き、最後には胸を突き破って『一本の木の根のような何か』が現れるのです。
この光景を目撃した探索者は1d2/1d4の正気度を喪失します。
そしてその光景を最後に探索者は意識を失います。

10B.ひとときの目覚め

意識を失った後、探索者は悪夢を見ていました。
一面の暗闇の中、妖しく燃える三眼。それが徐々に近づいてくる。
金縛りに合ったかのように身動き一つ取れない中、五感だけが嫌にハッキリと感じられる。
そして三眼が探索者の体に重なるやいなや、五感は急速に失われます。
もはや意識だけとなった探索者がかろうじて認識できたのは、家族や友人のような大切な人々と過ごすかけがえのない日常の光景。
そしてそれが他ならぬ自身の手により、正確にはその手のひらから生えた『木の根のようなもの』により血みどろに引き裂かれていく瞬間でした。

悪夢に飛び起きると、そこは日常の光景でもあの草原でもありませんでした。
そこにあったのは真っ白な天井。緑がかったカーテン。清潔なシーツ。探索者はいつの間にか病院に搬送されていたのでした。

意識を取り戻した探索者は、看護師から説明を受けます。
彼女の説明はおおむね以下の通りです。

・探索者は草原で気絶しているところを野次馬に発見され、ここに搬送された。
・気絶してから今日まで3日が経過している。
・未知の隕石との接触ということで、全身くまなく検査が行われたが、特異性はなかった。
・気絶の原因は、おそらくは精神的なショックによるもの。胸にかきむしるような傷があったが、それも同様の理由と考えられる。
・同時に発見された2名も同様に肉体的な異常がないことから、集団ヒステリーのようなものだろう。

しかし探索者はその痕の原因も、そして実際に身に起きたことへの恐怖もすでに刻み込まれています。
体感した現実と暢気な対応にギャップを覚えることでしょう。
最後に看護師は隕石を調査しているという大学教授の連絡先を翌日(退院日)教えると言い、部屋から出ていきます。
これは隕石が特別なものだから、と言うのではなく、発見者として名を残したいなら手続きがいる、といった具合の話です。

やがて探索者は同じく気絶し、入院していた人々、つまりは大翔と香織の2人と合流します。
2人もまた、探索者と全く同じ現象を経験し、同じ悪夢を見ています。
大翔は少し気乗りしないようですが、香織はこれを偶然ではないと考えています。
探索者がこの原因を調査しようと言うのなら、彼らもそれに従い、ともに行動するでしょう。
その後、現状唯一の手がかりである大学教授の元へと向かうか、それとも別の手段を使うかは探索者次第です。

ですが、プレイヤーが今後の方針を表明したところでこのシーンは終了します。
以後には彼らの探索行は最終的に一冊の小説本『彼方の芽』に行き当たったこと。
(例えば大学教授に会いに行ったのなら、隕石と幻覚に関する取材に基づいて書かれた本がある、と紹介された、など)
そしてその小説家と連絡を取り、あの書斎へたどり着いたのだと探索者が思い出したところで元の場面に戻ります。

◆タミナの反応

これらをタミナに話すと、彼女は記憶の中にも封印の場にも居合わせたにも関わらず、ここに共にいない2人について疑念を口にします。
彼らが探索者を裏切り、謎の木の根を押し付けたのではないかと考えている……と思わせたがっているのです。

11A.書斎の絵『後悔の眠る場所』

書斎に訪れたことを思い出すと、書斎の絵から記憶の世界へ潜れるようになります。
ただ、実際に書斎の探索へ移る前に、『どうして書斎を訪れたのか』の詳細な経緯を説明する必要があります。

発見した小説『彼方の芽』を読んだ探索者は驚かされることになりました。
幻覚症状に苦しむ描写はまさに自身が体験したそれと同じで、暗闇の中に燃える三眼の挿絵は、悪夢で見たそのままだったからです。
小説は幻覚に苦しむ主人公が、周囲の無理解に翻弄された挙げ句、最後は妄想に取り憑かれて自殺するところで終わっています。
探索者たちはこの奇怪な一致に対し、ダメ元で出版社と連絡を取り、詳しい話を聞こうと試みます。

ですが、冷たく門前払いされるだけかに思えた行動は思いもよらない結果を生みました。
探索者たちは広い応接間に通され、作者の元編集だと名乗る老人に出会います。

彼は3つのことを伝えます。小説の作者、他ヶ原清子は4年前に亡くなっていること。
あの本は彼女の友人が実際に体験した幻覚を元に書かれていること。
他ヶ原は生前、同じ症状に苦しむものに渡してほしいものがある、と彼に頼んでいたこと。

老人は、それは幻覚についての研究資料であり、他ヶ原の書斎に遺されていると伝えます。
そうして書斎の鍵を手渡された探索者たちは、他ヶ原の書斎を訪ねることになったのです。

書斎はそこそこ立派なマンションの一室にあり、他ヶ原の遺産から維持費が支払われつづけています。
この部屋の存在には何ら必然性がありません。資料を渡すだけなら老人に預ければ良く、こんな空間を用意する必要はないからです。
しかし他ヶ原はまるで過去に囚われたかのように、頑なにこの部屋を遺すように頼み続けていたようです。
なお、この時点では探索者たちは知るよしもありませんが、防音機構もしっかりとしており、喩え中で何が起ころうと隣に聞こえることはありません。

11B.書斎の探索

書斎の主な探索ポイントは3つ。
大きな机の上に、クリアファイルに入った他ヶ原の遺書。
その机の引き出しにしまわれたスクラップ帳。
作家らしく見栄えのする大きな本棚です。

◆他ヶ原の遺書

大きな机の上に、まるで見てほしいと主張するかのようにぽつんと置かれていた遺書にはこう書かれています。

あの小説は友人の『緒方 小百合』の相談から生み出されたものであること。
しかしその内容を面白いと感じ、周囲には取材と偽って、小説という形で世間に公表してしまったこと。
そして公表の少し後に、友人が自殺してしまっていたこと……

他ヶ原は栄光を手にしましたが、その裏でずっと息苦しさを覚えていました。
そして死を目前にした彼女が望んだのは、罪の清算でした。

あの時の小百合と同じように苦しむ人を助けたい。
あの時と違い親身に相談に乗り、あの時と違い助けてあげることができたのなら。
自身の罪は清められる。小百合も許してくれる。そう考えていたのです。

この遺書を読み、大翔はその後悔に共感しますが、香織はいら立ちを覚えています。
まっすぐに生きる彼女には、過去は過去と受け入れれば良いとしか思えず、現在の行動で過去を変えようとする他ヶ原の思想が理解できないのです。
ましてや自分自身の意思でなく、死んだ友人の意思を勝手に作り出して、それで動くなど言語道断であると思っています。

一方、自分に自信のない大翔は『そうあってほしい』という願望に理解を示し、それで自分たちも助かっているのだから文句は言えない、と考えています。
理屈の上ではそれは正しいのですが、香織にはあまり受け入れられないようです。

◆引き出しの情報

引き出しに入ったスクラップ帳には、世界各国の似た症例がまとめられています。
和訳も付されたそれらを見ていると、隕石が落ちた近辺で精神的な変化が起きた例はそれなりにあると分かります。
しかし隕石と変化に科学的な因果関係は認められず、変化もすぐに戻ることから、一時的な錯乱が起きたにすぎないと考えられているようです。
大学教授と面会している場合、彼の話を裏付けるようなものだと分かります。

しかし一方で、顕著で不可逆な変化を及ぼした例も見られます。
それらは共通し、以下の条件を満たしています。

①隕石と直接接触していること。
②その際に意識を失っていること。
③特有の幻覚症状が見られること。

そうした変化が起きた人物の末路は共通しています。
1つは錯乱のうちに自殺。もう1つは人格の大きな変化です。

前者の場合、自殺することで周囲を守れるといった妄想に取り憑かれ、自ら死を選んでいます。
後者の場合、それから数ヶ月~1年程度の間に周辺地域で重大な事故が発生し、壊滅的な被害をもたらしています。

また、それらの中に、緒方小百合の自殺記事もまとめられています。
彼女もまた、大切な友人を守りたいと周囲に話していたようです。
そこに自身を裏切った他ヶ原が含まれていたかは、今となっては分かりません。

◆本棚の情報

本棚には世界各国の医学、精神医学書や、隕鉱物学関連、オカルト雑誌などが無造作に並べられています。
それらは幻覚に関連するもの、隕石に関連するもの、それらに関連するオカルト、といった具合に一定の関連性を持っています。
医学や鉱物学の本は一般学生にすぎない大翔や香織、それらに素養のない大半の探索者には興味も惹かれないものでしょう。
しかしオカルト絡みとなると、煽情的で根拠に乏しい、しかし現状無視できない情報が混ざり始めます。

他ヶ原同様隕石による人格の変化に触れ、それを隕石に宿る宇宙人の仕業とするもの。
当事者遺族への取材から、当事者が共通して口にした固有名詞『ニル・ラテフ』を人名とし、背後で暗躍していると考えるとするもの。
隕石落下以降に彼らの発生した重大事故、事案の周辺に当事者の影が見え隠れする、とするもの。

これらは一見もっともらしく見えますが、考えながら読むと仮定に仮定を積み重ねて作られた、やはり当てになりそうもない本だと分かります。
しかし、もし探索者がこれらの本の出版社と連絡を取ろうと思ったか、《オカルト》ロールに成功した場合、不自然な点が浮かび上がります。
それらは例外なく倒産し、執筆に携わった人間は一人残らず死亡しているのです。
死因は様々ですが、老若男女を問わずに全員が、という事実は何らかの作為を感じさせます。

11C.漣の急襲

調べられる場所を全て調べ終えても、役に立ちそうな手がかりは見つかりません。
それどころか得られたのは余計に絶望へ引き込まれそうな情報。
これらを全て信じるのであれば、ほどなく宇宙人に体を乗っ取られ、周囲に危害を加える。
それが嫌なのなら自殺するしかない。そんな結論しか導き出せないのですから。

他の調査へ向こうにも当ては無く、何より他ヶ原が全てを賭けて探し続けた情報よりよいものが見つかるか、というと疑問符がつきます。
そんな八方塞がりな状況を打ち破ったのは、誰も暮らさない部屋に鳴るはずのないインターホンの音。
そして不躾に上がり込んできた、あからさまに荒事に長けた集団でした。

そのリーダー、神路は怯えている大翔に発砲すると、次のように告げます。
自分たちは『漣』という武装集団であり、犯罪を厭うつもりはないこと。
探索者たちは『端末』であり、絶対に必要な存在であること。

逃げることも戦うこともできない状況に、探索者はなすすべなく彼らに拉致されることになります。
自動車に乗せられても、ドラマのように目隠しや気絶させられることはありません。
まるでそんなことをする必要がないとでも言っているかのように。

車窓に映る見慣れた景色がどうしようもなく遠くに感じられる中、不意に探索者の意識は宙に浮き、記憶を取り戻します。
こうしてあの牢屋へ向かい、そして……あの絵のような惨劇が起きたのだ、と。

◆タミナの反応

タミナにこれらのことを話すと、なぜそんなタイミングで怪しい集団が訪れたのか、と疑いを持っています。
もしかすると2人のうちの少なくとも1人は裏切っているのではないか。だからあのタイミングで敵が来たのでは、と。
しかし実際は部屋に盗聴器を仕掛けていた(元編集に被害者と偽り接触した)だけのことであり、当然彼らの裏切りではありません。
とはいえ事情を知らない探索者の中には、彼らに疑いを持つものもいるでしょう。

12A.牢屋の絵『論理の囚人』

探索者は倉庫地帯にある大きな二階建ての貸倉庫に閉じ込められます。
そこは表向きは輸入家具を販売する商社の倉庫として違和感のない形を取っています。
しかしその2階にある事務室、その奥にはおおよそまともではない牢屋が用意されているのです。
彼らは拷問すら厭わず、萌芽に関する情報をここに集めています。
牢屋にはところどころ乾いた血の跡で汚れ、トイレやベッドすらなく、人間の尊厳が何一つ考慮されていないことが明らかです。

同行する2人の仲間はと言うと、大翔はこの上なく落ち込んでしまっています。
激痛に気絶したかと思えば悪夢に恐怖し、暴力的な集団に囲まれ、かすり傷とはいえ銃撃され、果ては異常な空間に監禁されてしまったのですから。
彼は弱音や後悔を隠すことができず、完全に状況に絶望してしまっています。

一方、香織はまだ諦めてはおらず、3人で協力して事態を解決するしかない、と考えています。
彼女はとくに励ましや説得をしなくても探索者に変わらず協力してくれます。

ただ、大翔を協力させるには励ますことが必要です。その場合、香織も協力してくれます。
彼女は探索者に次ぎ、彼の意見に同意したり、理由や根拠は後で考えればいい、諦めたくない感情のままに行動しよう、と大翔を説得します。
励ましや説得の内容は探索者次第です。叱咤激励するかもしれませんし、優しく寄り添うかもしれません。
しかしいずれにせよ、しっかりと励ませば最終的に大翔は立ち直ります。
(励ましの内容や、口の上手さによって大翔の状態を左右するのはあまり好ましくありません)

12B.感情の奴隷

この状況を打開するためには、兎にも角にもまずは牢屋から脱出しなければなりません。
脱出の方法はいくつか用意されていますが、牢屋自体に瑕疵はなく、いずれも耀と関わることが必要です。
牢屋の中からでも、大声で呼びかけ続ければ彼は鉄格子の前までは入ってきます。

また、牢屋の中で時間が経過し続けた場合も、耀が様子を見に来ることがあります。
明らかに違法な集団の一員であるにも関わらず、耀は話の通じる人間に見えます。

◆耀の身の上話

耀自身のことを尋ねた場合、彼は自身が漣に救われた子であることを教えてくれます。
漣はもともと社会のセーフティネットから零れ落ちた人間や、身寄りのない子が寄り集まって作られた組織でした。
両親のいない彼は、神路に救われることで名前と家族を初めて得ることが出来たのです。

◆漣の変遷と計画

ではなぜ、そんな組織がこのような非道を働くようになったのか。
それは必要に駆られたからだ、と耀は語ります。

既存の社会で幸せになれる人間の数は限られている。
だから自分たちのようにあぶれた人間が生まれてしまう。
けれども社会を壊してしまえば、より多くの人間が不幸になるだけ。
ならば幸せになれる人間の数を増やしていくしかない。
そのために必要なのは社会をより豊かに、裕福にすること。

耀はそう語ります。そしてそのための手段が、探索者たちに宿る『萌芽』と呼ばれる宇宙生物なのだと。
萌芽は外宇宙に住まう強大な宇宙生物『ニャルラトテップ』の一部であり、地球人の体を乗っ取って活動することが出来ます。
そしてニャルラトテップ本体の力を用い、この地上に破滅と混沌をもたらすのです。

しかし重要なのはそこではなく、萌芽がニャルラトテップの力を使えるという事実です。
もし萌芽を逆に乗っ取ることができれば、その人物がニャルラトテップの力を利用出来る。
そのために萌芽を急速に成長させ、自我が未発達の状態で成熟させることで、意のままに操れる『端末』を作る。
それによってニャルラトテップの力を引き出し、社会全体を豊かにしていく。

それが漣の描いた壮大な夢物語でした。

……当然、そこに探索者の意思決定が挟まれる余地はありません。
彼らが犠牲となることは大事の前の小事に過ぎず、社会が漣の構成員にしてきたように、仕方のないものに過ぎないのです。
耀は若干言葉を詰まらせながらそう語ります。

この途方もなく無謀な計画はいくつもの問題点を内包しており、探索者が少し考えるだけでもそれらを指摘できるでしょう。
しかし耀は、親代わりである神路を盲信しています。彼にどんな論理を振り翳しても神路を否定させることだけは不可能です。
神路もまた、社会の不条理や保護者としての責任に晒され続けた結果、一発逆転の計画を盲信しており、他の構成員も神路を盲信しているため意義を唱えない、という有様です。
『信じたいものを感情のままに信じる』危険性を彼らは身を以て表しています。

12C.牢屋からの脱出

当然ながら、探索者たちがこんな全裸で宇宙遊泳するよりも馬鹿げた計画に乗る理由はありません。
神路たちが戻ってくる前にここを脱出する必要があります。
そのためには以下のような手段が想定されています。

◆演技を使う

探索者は自分たちが『端末』であり、その命が漣にとって重要であることを知っています。
それを利用し、自分たちが命の危機にあること、端末としての機能に支障が出ることなどを信じさせられれば扉は開けられます。
耀は扉を開けるととにかく探索者たちを気絶させようとします。
意識が途絶えていれば萌芽は活動できない、ととっさに考えたからです(そのようなことはありませんが)。
誰かが囮となっている場合、そのものが殴られている間に鍵か銃を盗んでしまえば形勢を逆転させることができます。
持ち物を奪うには、《こぶし》ロールによる判定を行います。

◆説得する

耀は漣のやり方に戸惑いを感じていて、探索者たちが穏やかに接すれば彼の方から説得を試みます。
彼らが穏便に協力してくれるのであれば、これ以上酷い目に遭わせる必要はないと考えたのです。
それに、もしかすれば彼らの意識を保ったまま端末としての役割を果たす道もあるかもしれません。
もっともこれは欠陥のある考えであり、強大な力を手にした彼らが裏切る可能性をまるで考慮していません。
探索者が(嘘でも)協力を約束すれば彼は外に出してくれます。

主な脱出手段としてこれらが考えられていますが、もちろんプレイヤーから他に提案があれば、キーパーはそれに従います。
ただしどれにせよ失敗し、出る手段がなくなれば強制的に12Eに移行することになります。

12D.裏世界の断片

漣の倉庫は、彼らが手段を選ばずに集めまわった情報の保管庫です。
あくまで表の世界の調査にとどまった他ヶ原のものと違い、これらは探索者たちの貴重な情報源となります。
香織はこの異様な空間にいたいと思っておらず、とっとと脱出して警察を呼ぶべきだと提案しますが、これは短絡的な発想です。
ここを出たところで行く宛もなく、もし警察に事情聴取につきあわされでもすれば、残り少ない時間を浪費してしまいます。
一方大翔が元気を取り戻していれば、彼は上述の理由を述べ、危険を冒してでもここを探索するべきだと提案します。

探索者がどちらの提案を受け入れるかは自由ですが、調べておいた方が得をすることになります。
なぜならここには漣の用意した魔術書も存在しているからです。

倉庫は2階が事務所と牢屋、1階がコンテナの並んだ保管部分となっています。
事務所部分にあるものは一般的な輸入販売業者のそれとさして代わりありません。
冷蔵庫には誰かのお弁当、引き出しには食べかけのお菓子が入っていたりもしています。

ここで重要なのは神路のノートパソコンです。
当然、これにはパスワードなどのロックが掛けられていますが、所詮は素人仕事。
これを探索者が《コンピューター》で解除することができれば、中を調べることができます。
そこには経理や経営、取引先との連絡ログなどに混じり、呪文目録という名のファイルが存在しています。

内容は呪殺、死、苦痛といった物騒な呪文が並んでいますが、その中に《月の封印》なる呪文の名があります。
呪文の詳細は不明ですが、触れることすら出来ない萌芽への対処として、一縷の望みを託せそうな名前ではあります。
その呪文は『涛(おおなみ)秘伝』なる本に掲載され、この倉庫内に存在しているようです。

1階の大半のコンテナには輸入家具や雑貨が保管されており、この状況下で役には立ちません。
しかしコンテナの1つ、大量のダミーブックが入ったそれの中に、木を隠すには森の中、という形で魔術書『涛秘伝』も紛れ込んでいます。
目録を見ているか、《図書館》ロールに成功すれば、漣の増援部隊が到着する前に魔術書を見つけ出すことが出来ます。

涛秘伝は、弥代市の地方豪族の末裔たる涛一族に代々伝わる門外不出の秘伝書です。
ただし漣が保管しているのはスキャンしたデータを一般的な本のフォーマットに印刷し直し、外装をダミーブックに偽装したものとなっています。
そこにはキーパーの任意の数の呪文に加え、《ニャルラトテップの招来》に加え《月の封印》の呪文が掲載されています。
ただし古い字体で書かれているため、解読には否応無く時間を要することになります。

一定の時間が経過するか、これらの情報を全て得る、または倉庫から脱出しようとすると『漣』が帰ってくることになり、12Eに移行します。
(脱出の場合、神路の呼んでいた救援と運悪く鉢合わせることになります)

12E.萌芽の脅威

探索者たちは再び漣の面々と対面することになります。
当然ながら、彼らは探索者たちを『端末』とすべく暴力を厭うつもりはありません。

耀を説得していれば、彼は神路に対し自身の意見を伝え、穏便にことを進めるように提案します。
しかしその言葉は冷静に否定され、耀もまた探索者と漣ならば漣を優先するため、結局は彼も敵に回ってしまいます。
探索者たちがどのような言葉を並べても、彼の行動を変えることはできません。
彼が神路を信じたいと、その感情のままに生きると強く思っているからです。

かくして探索者たちは絶体絶命の危機に追いやられることとなります。
ですが追い詰められた途端、探索者たちは強い胸の痛みを覚えます。
このままでは実に面白くない結末となる、そう考えた萌芽がその力を解放したのです。

萌芽は手始めに神路の頭を膨れ上がらせ、破裂させます。
以降は体が大きい順に萌芽に標的と定められ、殺害されていくことになります。
目に指を突っ込み、脳漿をかき回そうとするもの。
臓器という臓器を破裂させられ、どす黒い血を吐きながらのたうち回るもの。
脳が半分こぼれ落ちるまで、水気を含んだ音を立てながら壁に頭を叩きつけるもの。

凄絶な死の光景が繰り広げられますが、探索者たちがそれに反応することはありません。
何も感じないからです。彼らの自我はすでに萌芽と半分融合しており、まるで現実味を覚えません。
つまらないパニックホラーでも見ているかのように、ただ人が死ぬだけの光景をぼんやりと眺めることになります。

そして最後に標的となるのが耀です。
彼は自身の胸の中心に指先を当てると、苦痛に顔を歪めながら、ずぶりずぶりと指を突きいれていきます。

この時、探索者が彼の説得に成功していた場合は、探索者の意思で殺戮を止めることができます。
わずかな時間ながら、一定の理解を示した相手の危機に感情を揺り動かされ、一時的に自身を取り戻せたからです。
また、説得に失敗していた場合でも、探索者が彼を説得しようとしていた場合、《POW》判定に成功すれば同様に未然に止めることができます。

失敗した場合、または止めようとしなかった場合、耀は心臓の手前まで指を突き入れ、そして大きく開きます。
力任せにこじ開けた肋によって胸の皮膚が裂け、腹圧によってあらゆる内臓を露出させながらも、彼は数十秒ほどの間意識を保ちます。
そして『おとうさん』と神路の方を向いて呟くと、次第に痙攣が弱まり、やがて絶命します。

一連の出来事が終わると、危機が去ったことに安堵した探索者たちは、次は何をしようか、と取り敢えず歩き出そうとします。
しかし一歩目を踏み出した探索者は、何か小さく硬く、水が詰まったものを踏み潰した感触に足を止めます。足を上げた時、そこには視神経のつながったままの誰かの眼球が潰れていました。
それを認識した瞬間、探索者は自分自身を取り戻すとともに、この空間にあふれる凄絶な死に、そして何よりそこに何の感情も覚えていなかった自分に激しい恐怖を感じることになります。

この凄絶な死を見た探索者たちは1/1d6正気度を失います。
ただし調査を行えていない場合、減少量は1d3/1d10となります。
情報不足による混乱、それによる自信の不足がショックを強めた格好です。

12F.惨劇の果てに

《月の封印》を得ていなければ事後に倉庫の調査を行い、情報を得たことが語られます。

萌芽の脅威を目の当たりにした彼らは、もはや理不尽に嘆く時間すら残されていないこと。
そしてこれを放置すれば自身は愚か、愛する人々まで同様の恐怖にさらされるだろうことを確認しあいます。
(大翔が立ち直れていない場合、彼はこの惨劇を目の当たりにしたことで受動的に封印への決意を固めることになります)

望みを託していた《月の封印》を解読した結果も、彼らが本当に望むものではありませんでした。
月の封印は満月の夜に唱えることで、魔法陣の上にあるものを月面に封印する、という呪文。
もともとは非道行為の証拠を隠滅するために使われていたらしく、人間に使われた際にどうなるかは分かりません。
それは決して自身に宿る萌芽のみを封印する都合のいい呪文などではありませんでした。

ですが、結果が未知数である以上、自殺という完全に希望を断つ手段よりは可能性が残ります。
探索者たちは明くる日の夜、周囲に別れを済ませて満月の山頂に集まり、《月の封印》を発動させようとします……

……そこまで思い出したところで、再び現実世界へと帰還します。

◆タミナの反応

戻ってくると、タミナはすでにこの内容を知っており、楽しげに語ります。
そこにもはや、死体の描かれた絵に怯えていた無垢な少女の姿は欠片もありません。
態度の急変した彼女に探索者が訝ろうと、彼女は笑いながらこう言うのみです。
「次で最後。それで本当に思い出せますよ。私が、あなたが、どうしてこんなところにいるのかを……」と。

13.そして現在へ

風の強い夜。付近の山『日登山』。その頂にある広場のように開けた空間に、探索者たちは訪れます。
満月の光が薄っすらと、歳月に傷んだ山頂の看板を照らしており、山頂から見渡せる街の風景は、深夜なれどポツポツと明かりが灯り、静かに脈動しています。
探索者たちは自らを事実上の死へと追いやる魔法陣を描いていくことになります。

描き終えると、地上への別れを惜しむかのように、誰ともなく話し始めます。香織はめずらしく弱音を吐きます。
自分の感情を大切に生きてきた彼女ですが、同様に感情のままに生きたものたちの凄絶な死、そして自らもすぐ……という事態が彼女を弱気にさせているのです。
一方、(立ち直っていれば)大翔は彼女を励まします。感情に任せたことで前に進めた。前に進まなければ、わけも分からずに死んでいた。
漣のように1人を盲信するのではなく、お互いの意見を尊重し、それぞれが正しい道を考え続けることができれば、きっといい未来へ進めるのだ、と。

封印は、確かに限りなく死に近づくことかもしれない。しかし完全な死と同じではありません。
たとえ僅かな可能性であっても、その先に何かがあるかもしれないのです。

やがて夜更けに入ると、会話は終わり、探索者たちは魔法陣の中に立ち、呪文を唱えようとします。
死ぬためではなく、生きるために。可能性を閉ざすのではなく、たとえ僅かでも、新たな可能性へつながる道へ進むために。
……その希望こそ、萌芽が求めてやまないものでした。

呪文を唱えようとした瞬間、経験したことのない激痛が探索者を襲います。
そして自らに流れ込んでくる混沌とした思考の渦に、彼は悟ることになります。
目覚めていないのではなかった。萌芽はただ、待っていただけなのです。
探索者がわずかな希望を掴み、微かな安らぎを覚えた時、それを無上の絶望によって踏みにじる、その瞬間を。

しかしその激痛は、そして萌芽と完全に同一化しようとしたことで流れ込む思考は、探索者に狂気的な閃きを与えたのです。
萌芽が思考を持つ、意思を持った生物であるのなら、それを誘導ことすら可能なはずだ、と。

探索者にいかなる手段で誘導させるかはプレイヤーに任されます。
しかし『抵抗した事実』に対し、短絡的な怒りに駆られた萌芽は、彼を力任せにねじ伏せようとします。
3つに分かたれた自身を1つに集約し、3乗の痛みで精神を完全に破壊しようとしたのです。
そして木の根のような実体を探索者の胸に突き刺したその瞬間、萌芽の敗北が確定したのです。

《月の封印》の効力は、魔法陣の上のものを月へと封印すること。
当然、呪文を唱えるのが誰であったとしても、その効力に変わりは無いのです。
痛みから解放された2人は混乱する頭を必死に働かせ、探索者の覚悟を悟ります。
そして呪文を唱えることで、3つの萌芽ごと探索者を月へと封印するのです。

激痛が全神経に及び、視界が赤く染まった瞬間、探索者は奇妙な浮遊感に包まれます。
そして魔法陣が、2人が離れていくことを感じ取ります。

地上の2人は探索者に向かい、必死で呼びかけます。
絶対に諦めない。たとえ何十年掛けたって、絶対に助け出してみせる。
だから、待っていてくれ、と。

やがて無情にも意識を失い、浮遊感も失われたところで……
現実へと帰還した探索者に、タミナは笑いかけます。

14.明かされる真実

全てを思い出した時、もはや真実は明らかになっています。
2人の少年少女はかけがえのない仲間であり、封印は自身と『萌芽』だけに施された。
であれば2人への不信感を煽り、他者が存在しえない空間に共にいる彼女は何者か?

問い詰められたタミナは、しかし慌てることも取り繕うこともなく、あっさりとそれを認めます。
ですが彼女は言います。私はもう一つだけ、ずっと嘘をついていた。それが何か分かるか、と。
探索者がこの問いに正答出来ることはないでしょう。ですが答えを聞いたタミナはくつくつと笑うと、黙って天を指さします。

そこにあるのは星海に浮かぶ母なる星、青く美しい地球……のはずでした。
しかしその姿はみるみるうちに枯れ果て、ひび割れていき、ものの数秒も経たないうちに灰一色の死の星へと変わってしまうのです。
それこそが萌芽の吐いた嘘。彼女がひた隠しにし続けた、封印から10万年以上もの時が流れているという事実だったのです。

当然、大翔や香織が10万年も生きているわけがありません。
生きていないのなら探索者を救うための行動など取れるはずもありません。
萌芽はその事実を冷酷に突きつけます。彼らの計画は失敗に終わり、もう決して助けは来ない。
守るべき星は滅び、帰る場所すらもない。あなたが寝ている間に何もかもが手遅れになってしまった。
あなたも結局はなんとかいう組織の連中と一緒。成功するはずのない計画に期待し、そして無惨に裏切られたのです、と。

……呆然とする探索者に萌芽は笑いかけます。
その絶望が見たかったのだ、と。

15.牙を剥く罠

全ては終わった。もう何も残されていない。萌芽は提案します。
もし探索者が望むのであれば、過去に戻らせてあげよう、と。
萌芽のような超自然の存在にとって、時空の操作は決して不可能ではないのだと。
萌芽単体では無理でも、ニャルラトテップの力を引き出せれば可能となる。
そのために封印を解いて欲しい、と萌芽は申し出ます。

《月の封印》による封印は、その主体となる生物が拒絶すれば解除することが出来るのです。
探索者よりも早く目覚めていた萌芽は、半ば本能的に封印の魔力の流れを読み取り、それを理解していました。

萌芽はこの話をする際、探索者”の”命は保証する、と申し出ます。
文字通り、ここに大翔や香織の命の保証はありません。
しかし探索者がそれを指摘し、萌芽に約束させたとしても無意味です。
ニャルラトテップは決して信じては行けない存在なのです。

言うまでもなくこれは罠です。しかし探索者には他に取れる行動がありません。
ここで萌芽とともに永遠に封印されるか、封印を解いて過去に戻るか。その2択です。

ですが勝利を確信した萌芽は、その経験の浅さゆえに口を滑らせてしまっています。
彼女は『超自然の存在なら時空を操作することが出来る』と発言しています。
しかしそれは『10万年以上経ったから大翔も香織も死んでいる』という主張を崩してしまいます。
もしも彼らが超自然の存在に力を借りられたのなら、10万年以上の時を越え、探索者を助けに向かうことは十分可能なのです。
時間の流れには決して逆らえない。その前提が崩れたことにより、彼女の論理は破綻してしまったのです。

探索者が希望を失わずに考え続け、このことに気づければ、2択は3択へと変わります。
永遠の封印か、過去に戻るか、仲間を信じるか。
その選択次第でエンディングは分岐します。

16.エンディング

A.封印

封印が永遠に続き、仲間たちがいくら時空を旅しようとも封印は綻ばず、いつか彼らは諦めざるを得なくなります。
彼らは長い年月を無駄にし、そして何より大切な仲間を失い、強く後悔し続けることになります。
探索者もまた、未来永劫封印の中で過ごし続けることでしょう。
探索者はロスト扱いとなり、シナリオもここで終了します。

B.封印を解く

所詮はニャルラトテップだから、とタミナの話を聞かず、即座に封印を解いた場合に発生します。
……当然ながらこんな衝動的な行動を取ればロクな結末は迎えられません。
探索者は死の星へと放り出され、何もない地上を永遠にさまよい続けることになります。
大翔と香織も、棚ぼた的に封印を解かれた萌芽によって凄惨な死を迎え、もはや彼を助ける人間は全ての時空から消えてしまいます。
そして最後に、萌芽はニャルラトテップの力を借り、探索者に決して飢えることも傷つくこともない肉体を授けてどこかへ去っていきます。

この結末を迎えた探索者はロスト扱いとなり、シナリオもここで終了します。

C.過去に戻る

山頂で目覚めた探索者は、魔法陣が血で汚されていること。
そして大翔と香織の死体がその上に散乱していることに気づきます。
たとえ手を出させないと約束させていても結末は同じです。
明白な悪意を持った存在に、そんなものはまるで意味をなさないのです。
探索者が萌芽とどんな言葉を交わそうが、彼女を信じてしまえば同じことです。

探索者は絶対に信じてはならない存在を信じてしまったこと。
そしてそんな人智を超えた存在が愉悦のために自身を狙い続けていることを自覚します。
1d10/1d100正気度を喪失し、シナリオは終了します。

D.仲間を信じる

最良の結末へ向かうことができます。
しかしこの結末へは、単に信じるだけでは辿り着きづらくなっています。
萌芽の論理の破綻を指摘し、精神的な支柱を持たなければ、永遠に思える時の流れの中に精神は揺らがされるからです。
具体的には、指摘していない場合には探索者のPOW*5÷2(6版)、またはPOWの半分(7版)をロールし、失敗すれば心を閉ざしてしまいます。
そこからさらに大翔が立ち直っていなければ20%、倉庫で情報を得ていなければ10%減算されます。

この減算は指摘できた場合でも適用されます。
大翔が立ち直っていなければ、彼自身が時の探索行に耐えきれず、救助が失敗してしまう確率があること。
倉庫で情報を得ていなければ、常に後手に回りながら物事を進めてしまった後悔が尾を引き、自己不信に陥る確率があることを示しています。
これらのロールに失敗した場合、Aとほぼ同じ結末を迎えることになります。

これらの関門を突破できた場合、探索者はただひたすらに待ち続けることとなります。
タミナはあれきり目覚めることがなく、安らぎにも嘲笑にも見える寝顔を浮かべ、静かに眠り続けます。
探索者はただ1人、今までのことを何度も何度も何度も夢に見て、時折眠りから覚め、死の星と化した地球を眺め、絶望することにすら飽きながら。
無限にも思える繰り返しの中で、彼はただ仲間を信じ、この苦痛の時が終わるのを待ち続けるのです。

そして……

探索者は封印の魔法陣の上に仰向けになった状態で目覚めます。
見上げた先に広がっているのは広大な星の海。そしてその中央には死の星と化した、地球の姿。
しかしそんな目を奪う光景は、見知った少女の顔に遮られます。少女は……香織は探索者に問いかけます。
「私のこと、覚えてるよね」と。

こうして探索者は、時空を越えて助けに来た香織と大翔に救助されます。
外宇宙から漏れ出すニャルラトテップの悪意が萌芽を生み出したように、仲間を信じ続けた探索者の意思は、劣化した封印の僅かな切れ間から漏れ出し、それを媒介に彼らは侵入することが出来たのです。
そんな天文学的な確率の奇跡が起きる頃には、万すら越え、億の歳月が経過していることでしょう。

しかし時間という概念はもはや、探索者たちの前には意味をなしません。
探索者は2人に抱え上げられ、その体は天へと上っていきます。
その先にある死の星は、いつの間にか青く美しい姿を取り戻していました。

かくして星海に浮かぶ故郷へと、探索者は帰還を果たします。
この結末にたどり着けた探索者は正気度1d10を回復します。

17.終わりに

ひさびさにTRPGシナリオを書くために、短く直球なシナリオを書こう!
そう思って書き出した結果生まれた、長い変化球のシナリオです。
前述の通り、楽しめるかどうかはかなり人を選びますので、趣向のわかった知り合いに回すのが1番かもしれません。

コンセプトは『別シナリオのエピローグ』。
しかし探索者はともかく、プレイヤーに前シナリオの記憶を忘れさせるのは無理なこと。
なのでシナリオ上で別のシナリオと、それによって迎えた結末を疑似体験してもらう形に収まりました。
点と点が繋がり、見覚えのある像が描き上がって行く感じを楽しんでいただければ幸いです。

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