足成さん、 シルエット素材はシルエットACさん、 フォントはほにゃ字さんより使用させて頂いています。
美術館に入ると、6月の湿り気と7月の蒸し暑さを混ぜたような、カビ臭い空気がまとわりつきます。
正面には壁、左手側と右手側には扉が一枚づつ。
左手側にはそれに加え、テーブルが一つと観葉植物が置かれています。
入り口に入ってすぐの場所は、受付です。
受付台とプラスチック製の観葉植物、奥へと向かう扉が見当たります。
この扉は地図には載っていません。職員用の部屋なので、記載されていないのです。
受付台にも観葉植物にも、不審な点は見当たりません。
古ぼけた電話機が受付台の上に乗っているくらいです。
探索者がなかなか美術館に入ろうとしない場合、いずみはフラフラと覚束ない足取りで歩き、中へと入ってしまいます。
気づいた時にはもう手遅れです。彼女を追うには、探索者たちも美術館に入るしかありません。
彼女を捕まえると、「なんとなく」「手を引かれるように」入っていったと答えます。
実際は大ウソなのですが、心理学の結果次第では本当のように匂わせても面白いでしょう。
このシーンの目的は、探索者たちに本物の肝試しのような、適度の緊張感を味わってもらうことです。
探索者が周囲を調べていると、いずみの様子がどこかおかしいことに気付きます。
目がどこかうつろで焦点が合わず、手がだらんと下がり、呆けたように宙を眺めているのです。
彼女に話しかけても、ぶつぶつと独り言を呟くだけですが、《聞き耳》に成功すると、独り言の内容を聞き取ることが出来ます。
独り言の内容は、主に過去の事件についてです。
「私は殺された。顔も知らない誰かに、めった刺しにされて殺された」
「犯人は捕まってない。私は憎い。犯人が憎い。けれど、事件は迷宮入りになった」
「私は恨みを晴らす。この娘の体を使い、お前たちを……」
そこまで言うと、いずみはハッとしたように元の彼女へと戻ります。
実際のところ、彼女は取り憑かれているわけでも何でもなく、驚かせる仕掛けのための前振りに過ぎません。
しかし、探索者にはいかにも彼女が幽霊に取り憑かれ、自分たちを殺そうとしているかのように印象付けると良いでしょう。
《心理学》でいずみを調べると嘘を言っていると分かりますが、そもそも《心理学》の成否は探索者からは不可視です。
《精神分析》で落ち着かせようとしても、いずみの様子にはまったく変化がありません。
何が起こっているのか、と思ったところで、周囲の状況の変化に探索者は気づくでしょう。
開いていたはずの入口の扉に鍵が掛かり(電子錠による遠隔操作)、突然電話が鳴りはじめるのです。
発信源は受付の電話機です。真っ暗で静かな受付に、明るいコール音はいやに不気味に反響します。
いずみは「……あれ? 何で電話、通じてるんだろ……?」などと他人ごとのように呟くでしょう。
近寄って受話器を取ると、地獄の底から響くような声が聞こえます。
その内容は、「今から迎えに行く」とたった一言のみです。それだけ言うと、電話は切れてしまいます。
受話器を取った探索者が立ちすくんでいると、「○○(受話器を取った探索者)、後ろッ!」といういずみの絶叫が聞こえます。
しかし探索者が振り向く間もなく、その首筋を……灰色の板状で、湿り気とぬめりを持った舌のようなもの……紐で吊るされたコンニャクが撫でるのです。
探索者が唖然としていると、いずみはケラケラと笑い出し、今回の一件についてを白状します。
『三日前(のちにこの日付は重要となります)』にここに来て、探索者を驚かせる仕掛けの設置を行い、こうして演出したのだと。
受話器には小型のレコーダーが仕込まれ、コンニャクと紐は言わずもがな。
鍵は無線による電子ロックが可能なタイプで、幽霊話は彼女の演技です。
鍵の入手経路については、現時点では教えてもらえませんが。
さて、悪戯は割れましたが、問題はここで解決しません。
過去の殺人事件は紛れもない真実であり、彼女はそれを暴くためにここに来ているためです。
探索者が殺人事件について口に出すか、「全部お前の悪戯なのか」などと問えば、
彼女は「半分は悪戯。もう半分は……事実だよ」と意味深げに言い、『過去を覗ける不思議な鏡』について語ります。
それは過去を覗ける不思議な鏡で、この世に二つとない品だと。
どうしてそんなものが存在するのか、という謎はあるが、いずみはその事を疑問に思ったことはありません。
母の死の真相を暴けるかも、という期待感が彼女の目を曇らせてしまっているのです。
どうしてそんな正義感があるのか、イタズラを楽しんでいた癖に、などと質問した場合は、彼女は話をはぐらかします。
親族や家族の誰かが巻き込まれたか、と聞けば、彼女はハッとしたような様子を見せますが、答えてはくれません。
無理やり聞き出そうとすれば、彼女は怒ってしまうでしょう。
探索者が鏡を覗くことに同意すると、いよいよ鏡と対面することになります。
以降、探索者は『時うつしの鏡』が展示される特別展に移動します。
他の部屋を探索する事もできますが、美術品は全て撤去済みであり、情報は得られません。
探索者が通路でキョロキョロとすれば、四季の間の扉は外されているため、何もない部屋が覗き見えるでしょう。
過去の謎を解き明かせるのは、過去に戻ってからのことになるのです。
過去の特別展会場には、様々な品物が展示されていましたが、現在は撤去済みです。
主役を失った会場の脇には、『時うつしの鏡』がポツンと寂しげに鎮座しています。
特別展の内装を調べれば、剥がし残りの紙から、ここで『ジョージ・ロジャーズ』なる人物の個展を開いていたと分かるでしょう。
鏡を《目星》で調べれば、それっぽく塗装のされた貧相な、つい最近に買われたような鏡だと分かります。
傍目にはそれなりに手の込んだ品にも見えるが、あくまでそれは錯覚に過ぎません。
《芸術》や《博物学》技能があるなら、『1万2800円くらいでホームセンターで売ってそうな鏡』だと分かります。実際その通りです。
ともあれ、いずみは鏡の前で一枚のメモを取り出すと、鏡に向けて呪文を詠唱します。
探索者たちの耳にも、その人語とは思えないような冒涜的な音階は届く事でしょう。
詠唱が完了すると、鏡はキラキラと水面のように揺らぎ、陽光を反射したかのように眩しく光ります。
光が収まると、鏡の中には過去の映像が映っています。冒涜的な品々の展示された特別展の会場です。
いずみにメモを見せてくれと頼んだ場合、下記のメモを得ます。
『(……五芒星に良く似た、歪んだ図形が描かれている)』
『いあ いあ いぶ=すてぃとる くれど うがふぐなる ふたぐん』
『呪文を口頭で唱え、さらに図形を描き込む事により、『時うつしの鏡』はその力を発揮する』
『時を"映し"、時に"移す"魔法の力。君が望むなら、過去にだって飛び込むことが出来るだろう』
『過去を映すには、鏡を活性化させた上で、鏡に向けて対象を宣言すればいい』
『過去に移るには、過去を映しだした上で、そこに向けて飛び込めばいい』
《目星》で調べると、メモの筆跡はいずみのものとは違い、精緻な筆跡であると分かります。
《精神分析》に成功すれば、不自然に整った病的な筆致だと分かります。
このメモは笹岡がいずみに、鏡の使い方を教えるために書いたものです。
時うつしの鏡を作動させるには、呪文の詠唱と図形を鏡面に描き込むことが必要となります。
鏡が作動すれば、過去を映すことが出来ます。映す対象を指定するには、映す時間と対象を宣言することが必要です。
その際、特定する情報が多ければ多いほど、正確に対象を映し出すことが可能となります。
映した過去に移るためには、鏡面に飛び込むだけで済みます。
いずみに『このメモは誰に貰ったのか?』などと尋ねれば、『黒いローブを着た、左手の無い怪しいおじさん』だと教えてもらえます。
いずみが対象を指定……『松村深雪の殺害現場』と唱えると、鏡は過去の館長室を映し出します。
中では怯えた様子の初老の男性(館長)が、必死に何かを執り行っています。
《目星》に成功すれば、彼が石膏のようなものの入ったバケツと、コテを持っていると分かります。
さらに《アイデア》INTロールに成功すれば、彼が『120度以下の角度』を取り払う事に躍起になっていると分かるでしょう。
天井の隅、机の角、本棚の角、床の隅……と。
その奇妙な作業は数分続き、彼は全ての角度を埋め終えます。
しかし、彼の無駄な努力を嘲笑うかのように、部屋の『ドア』が開きます。『長方形のドア』の角の角度は……当然『90度』です。
長い黒髪の人物がドアを開けたようで、その後頭部が見えます。
鏡の中の館長は、こちらまで悲鳴が聞こえてきそうなほどの恐怖の表情を作り、口と目を限界まで見開いて悲鳴を上げます。
扉の隅から青っぽい煙が噴き出し、それに伴い館長の口が裂けるほどに開き、青っぽい煙が徐々に形を作ります。
すると『それ』は、突如として館長の無防備な首筋へと跳ね、牙を立て、首を捩り、撥ねとばしまうのです。
鏡の端には、髪の長い女性が、手に持っていた鍵を取り落とすのが映るでしょう。
……その一連の光景が終わるまで、2秒掛かったかどうか。
しかし、その2秒で館長の命は失われ、永久に動くことは無いのです。
この凄絶な殺人現場を目撃した探索者は1/1d3の正気度を喪失します。
悪夢はまだ終わりません。館長の体を貪っていた『それ』は、突然鏡の方を見ると、探索者たちと目を合わします。
探索者の背筋にゾクリと悪寒が走ったかと思うと、3Dの映画のように『それ』は『過去の鏡』へと跳ね……『現在の鏡』から飛び出すのです。
水面に岩を落としたかのように鏡面が大きく揺らいだかと思うと、即座に猟犬は鏡から飛び出します。
攻撃の対象は呪文を詠唱したいずみです。彼女は突然の攻撃に、回避も受け流しも出来ません。攻撃が直撃した場合、彼女は一撃で死亡します。
……実のところ、のちの展開の都合上も、彼女を生かしておく意味はあまりありません。
なので、探索者が彼女を救おうと健闘する場合は、失敗したら彼女が即死するようなロールを、何度か振らせて上げると良いでしょう。
幸運にも彼女が助かった場合、それはそれで構わないのです。
死亡した場合は下記のような描写を行ないます。
いずみの喉元に向け、『それ』は恐ろしい速度で飛びかかる。
彼女は反応する事も、反射的に払う事も出来なかった。
……一瞬の交錯の後、『それ』が地面に着地する。彼女は半ば呆然とした様子で、喉元に手を伸ばす。
その手が虚しく宙を切る。宙を切った手が真っ赤に濡れる。
手のひらに視線を落とす。信じられないような目でそれを見る。
こぶしを握ろうとする。震えた手には力が入らない。
喉の血管が通っていた辺りから、奇怪な笛の音のような、ひゅうひゅうする音がいくつか鳴る。
……それが遺言代わりとなった。
ぐりん、と白目を向く。がくん、と膝が曲がる。どさり、と崩れ落ちる。ぴちゃぴちゃと、床に零れ落ちた血が広がる。
いずみは死んだ。もう目覚める事はない。もう、二度と。
親しい友人を眼前で失った探索者は、1/1d6+1ポイントの正気度を喪失します。
一連の流れを済ませた後、ようやく探索者の行動となります。
しかし、まず探索者たちが処理するのは、このおぞましき『猟犬』を目にした事による正気度喪失です。
『猟犬』を正視した時の正気度喪失量は1d3/1d20ポイントですが、序盤にこの喪失量は大きすぎるでしょう。
暗がりで光源が少ないことなどを理由に、喪失量を加減すると良いでしょう。実際の喪失量は1d3/1d8程度が目安です。
ここで探索者全員が発狂してしまえば、待つのは理不尽な暴力による蹂躙のみ。
それはあまり、望ましい展開では無いでしょう。
『それ』は全身に血管と眼球を浮かべ、沸々と皮膚を隆起させるバケモノだった。
長く伸びた前脚には凶悪な爪がぬらめき、全身は痩せ、乾いている。
悪意を凝縮させた口元からは、乾いた舌が犬のようにだらりと垂れており、その先端には注射器の針を連想させる穴が開いている。
ぬらぬらと真っ赤な血に濡れる牙を剥き出した『それ』は、恐怖に包まれる君たちを見て顔を歪める。
嗜虐心に満ちた醜悪な笑み。獲物を追い詰めた猟犬を思わせるような、そんな笑みだった。
ルールブック(p.184293)を参照してください。
この猟犬は長年に渡り栄養豊富なエサを摂取していたため、ステータスは高めに設定すると良いでしょう。
長年に渡り栄養豊富な餌を摂取したため、少しばかり強化されています。
最初の遭遇場面では、いずみ以外には「舌」による攻撃を用いた方が良いでしょう。
一人を食べた事により、きっとお腹も膨れているはずです。
猟犬の追跡は記憶の糸を辿ることによって行われます(当シナリオのみの設定です)。
時の流れの中で確かに残るもの……『自身への恐怖の記憶』を辿り、獲物をどこまでも追い詰めるのです。
ここからはラウンド制の行動となります。
猟犬は一ラウンドに一度、探索者たちの位置まで移動(正確には、探索者に最も近い『角』へのワープ)することが可能です。
どこに逃げようとも逃れる事は出来ません。美術館の外に逃れたとしても、家に帰れたとしても、猟犬は角さえあればどこにでも現れるのです。
探索者が逃れようとする場所として、一番に上げられるのは館長室でしょう。
館長による、『猟犬』逃れの工作が遺されているそこは、一時的には身を守る避難所となります。
ラウンド進行を停止し、探索者が今後の相談を出来るようにさせてあげるといいでしょう。
相談が終わった辺りのタイミングで、じくじくと何かが溶けるような音を聞き取ります。
その音に反応して扉の方を見ると、注射器のような舌が扉を貫通し、その先端に何かが刺さっているのが目に入ります。
それはいずみの着けていた『菱型のピンバッジ』です。
猟犬は舌を跳ねさせ、探索者のすぐ側にそれを投げ込むと、ピンバッジの角から青い煙を噴出させ、徐々に実体化を始めます。
彼女が死亡していない場合はこのイベントは発生しませんが、猟犬は特別展示場の天井を破壊し、上から館長室に乗り込もうとします。
いずれにせよ、館長室の入り口は塞がっていないため、探索者は特別展示場に逃げることが可能です。
美術館内の部屋を観察した場合、何も残っていないと分かります。
《目星》をロールし、成功すれば《アイデア》INTをロールすると、他の部屋にも何も残っていないと察せるでしょう。
心ない者たちにより、美術館に残っていた僅かばかりの金目のものは、すべて持ち去られてしまっているのです。
無駄な移動を行った場合、一回につき一度、猟犬から攻撃を受ける事でしょう。
最終的に探索者はここに飛び込む以外、猟犬から逃れるすべはありません。
常に探索者の眼前に出現する猟犬の恐怖を味わって貰っても良いのですが、それは残り時間と相談です。
時間が無い場合、発狂者が出ていれば彼に《アイデア》を振らせる、いずみのメモを見返させるなどして、過去へと飛べることに気づいてもらうと良いでしょう。
鏡に飛び込むと、無重力空間に放り出されたかのように上下の感覚がなくなり、どこへともなく吸い込まれるような感覚を覚えます。
じっとりと湿った『何か』に包み込まれるような奇妙な感触、母の腕に抱かれるような奇妙な温もりを味わった後、探索者の意識は闇の中へと消えていきます。
……そして薄れゆく意識と混濁した視界の中、あの猟犬の唸り声を聞き取るのです。
猟犬は決して獲物を諦めることはありません。
しかし、探索者の耳元まで唸り声が近づいたところで、急にそれは止みます。
そして数瞬ほど間を置き、奇怪な打着音と、鮮血の飛び散る音。猟犬とは別種の気味悪い唸り声を聞き取ります。
探索者はこの時点では知り得ませんが、この声は時間のねじれの中に潜むもの、『空鬼』の唸り声です。
彼らはひさびさに見つけた時空を旅する人間を喰らおうと、獲物を奪うために集団で猟犬に襲いかかったのです。
すべての情報を伝え終わると、鏡を通しての移動の体験から、探索者は1/1d4正気度を喪失します。
……どれほどの時間が経ったのでしょう。
気を失った探索者の耳に、誰かが呼びかける声が聞こえます。
不気味なほどの静けさの中、透き通ったその声はしっとりと響きます。
どこかで聞いた声。耳馴染みのある声が。
「……起きて……ねぇ、起きて……」
それは死んだはずの、落合いずみの声。
そう思い、目を開けると……見知らぬ女性が探索者たちを見下ろしています。
年の瀬は30代後半と言ったところでしょうか。白髪の混じった黒髪に、やつれ気味の頬。目の下には薄い隈が覗いています。
彼女の名前は『松村 深雪』。
いずみの実母であり、三年前の事件の被害者『だった』人間です。
声をいずみのものと誤認したのも、彼女がいずみの母親なのが理由です。
『猟犬』が館長を喰った直後に過去から飛び出し、探索者たちを襲ったことにより、彼女を殺すはずの存在は消えてしまいました。
ゆえに、彼女は生存したのです。その後は、突然現れた不思議な人間……探索者たちを見つけ、介抱していたようです。
彼女は基本的に優しく、落ち着きを持った人間です。
急な事態にとまどう探索者の質問にも、知ってる限りで答えてくれるでしょう。
ただし、『鏡を通じて過去に飛んできた』などと荒唐無稽なことを信じてもらうには、《説得》や《言いくるめ》が必要となります。
最新型の携帯電話や、手持ちの『未来の日付の』品を見せるなどすれば、随時補正を与えると良いでしょう。
説得に成功すれば、彼女は美術館内の探索に同行し、いくつかの助言を与えてくれます。
いずみが生きていれば、この説得は必要無いでしょう。
彼女は3年分成長した娘の姿に驚きますが、ちゃんと受け入れてくれます。
彼女は館長の殺害の瞬間について、あまり良く覚えてはいません。
ですが、何かとても恐ろしいものを見て、そのまま気絶してしまったことは覚えているようです。
それより深く思い出そうとすれば、理由の分からない恐怖に震えることになります。
……つまり、すぐに殺されることこそなかったものの、彼女は未だに猟犬の標的であり続けています。
彼女は死体を発見した市民の義務として、きちんと警察への通報を行っています。
現在何らかの事情によって警察は駆けつけてはいませんが、終わればすぐに来ることは保証して貰っているようです。
このことを説明しておけば、過去の探索にタイムリミットを設けることが出来るでしょう。
「○○時間くらい後に来ると言っていた」と言えば、それがそのままタイムリミットとなります。
館長室には、温白色の柔らかい明かりが灯っています。
凝った作りの本棚に、重厚そうな金庫、壁にかけられた何かのケース。
中央には引き出しのついた黒壇の執務机が、部屋の主の財力を象徴するかのように荘厳に佇んでいます。
……しかしその側には、シーツを掛けられた『何か』が置かれているのです。
シーツの上まで滲み出る赤い液体と、酸鼻なまでの血の臭いは、均整の取れた部屋の調度をぶち壊すかのように見えます。
本のラインナップは芸術論や評論、美術史や博物学が主です。
数箇所には宇宙や異星人、UMAに関する本が混じっています。
それらの本は市販の物であり、信憑性は極めて薄いでしょう。
《図書館》で調べると、最近の展示目録が見つかります。
目録に並べられた美術品の中には、『時うつしの鏡』の記載があります。
300万円ほどの値段で買われたようです。
そしてもう一つ、『貴重な書物』を中国から輸入した、と記載されています。
深雪にその事について尋ねれば、不気味な肌色の装丁がされた本で、館長が大事そうにしていた、と教えてもらえます。
この本は探索者たちの命綱となるキーアイテムで、重厚そうな金庫の中に隠されています。
真っ黒に塗装された、重苦しい雰囲気の金庫です。
暗証番号による電子ロックと、物理鍵による二重ロックが掛けられています。
解除のためには、《鍵開け》と《コンピューター》の半分を複合ロールし、両方成功することが必要ですが、学生にそれを求めるのは厳しいでしょう。
『一応技能による解除も可能』くらいの認識で良いかと思われます。
暗証番号はアミュレットの裏側に、物理鍵は師走の間に隠されています。
ガラスの蓋には金属製の引き戸がついており、中には質感の良さそうな赤い綿が詰められています。
中央には釘のような出っ張りがあり、そこに何かが引っ掛けられていたようです。
現在は中身が入っておらず、それらの装飾も無駄に終わってしまっています。
このケースには、イスの偉大なる種族が三島に授けた、極めて特殊な細胞を集めて作られたアミュレットが入っていました。
細胞は異常なほどの粘性と再生能力を持ち、どんなに傷つけられても決して元の丸い形から崩れようとしません。
いかなる理屈か、『決して変化しない』この細胞はティンダロスの猟犬から非常に嫌われ、所持者に猟犬が近づかないようにする効果を持っています。
しかし現在は美術館職員の手によって盗まれ、とある部屋に隠されています。
美術館業務関係の書類が、引き出しの中に乱雑に詰められています。
それらに紛れて、日記帳が一冊入っています。
ようやく地上に戻ってくる事が出来た。
それと同時に、わたしの心情にも変化が訪れた。
人間の一生が……それが全てと思っている事が……どれほど浅いものであったか!
金を蓄え、地位と名誉を守ることに心血を注ぎ、他人を蹴落とす。
そんなものには何の意味もないし、価値すらもない。
『彼ら』がわたしの体を使っている間、私はあの空間で過ごし、貴重な体験をした。
その体験が欲に凝り固まったわたしの心をほぐしてくれたのだ。
次回の特別展への準備を行っている。
『ジョージ・ロジャーズ』氏の『ラーン=テゴスへの生贄』を見た瞬間、わたしの脳には稲妻のようなショックが訪れた。
残念ながら、あの作品を国内に持ち込む事は無知で野蛮な税関の連中によって阻まれてしまったが……
その他のいくつかの作品は、無事国内へと輸送することが出来たようだ。
我が国の人々にも、是非とも氏の世界を感じ取って頂きたいものである。
松村くんの娘がここに遊びに来た。 人見知りがちだが、純朴で優しそうな印象の女の子だった。
わたしは老いてしまったが、子どもは未来の日本を担う宝だ。
若い時分は是非に芸術に触れ、感性を磨いて欲しい。
……と思ったが、ロジャーズ氏の作品を見せると泣いてしまった。
子どもには少し、刺激の強い作品群だからだろうか?
笹岡と名乗った、変わった風体の男から『時うつしの鏡』なるアーティファクトの販売相談を受ける。
現在や未来、過去の覗きこみや時空移動を可能にするマジック・アイテムのようだ。
過去のわたしなら何を馬鹿な、と一蹴していただろうが、現在の私はそういう品々に寛容だ。
商談は成立し、わたしは時空を操る鏡を手に入れた。
『猟犬』を目撃してしまった。
戯れにあちこちの時空を覗いた結果、ついに奴らの嗅覚に掛かってしまったようだ。
『彼ら』によれば、このペンダントを側に置いていれば襲われる事は無いという。
もしもペンダントが無くなったりすれば危ないかもしれないが、そんな事が起きるはずもないだろう。
見つからない。
ケースに保管していたペンダントが、どこにも無い!
どうして無くなってしまったんだ?
もしや、あの笹岡という男は私の行動を読んでいたのか?
最早一刻の猶予も無い。取れるだけの対策を取らねば、私も殺されてしまうだろう。
中国より仕入れたあの魔術書に、何か手がかりは乗っているのだろうか?
読みきれるかは分からないが、最後まで足掻いてみせねば。
ああ、時間がない、早く、急がねば……ああ、角に! 角に
……筆が折れたような文字の途切れ方で、日記はそこで終わっている……
仮眠用のシーツを上から掛けられているのは、館長の死体です。
毛布を取り除けば、よく分からない血塗れの肉塊が目の前に飛び込む事になるでしょう。
一切無益な上、1/1d4ポイントの正気度喪失まで発生してしまいます。
そこまでの犠牲を払って肉塊を《目星》で調べるなら、館長だったもののボロギヌの中に数個の金属片が見つかります。
《アイデア》INTロールに成功すれば、それが何かの鍵(金庫の鍵ですが、スペアがあります)であったと気づけるでしょう。
猟犬の攻撃により、砕かれてしまったのです。
3年前の美術館では、特別展示場ではなく、こちらに鏡が置かれています。
現代の鏡が特別展示場にあったのは、三島がわざわざいずみを喰わせるために用意したため。
つまり、これらの鏡は物質的には全く別の品物です。
こちらの鏡も同じように使用することが可能で、呪文を唱えれば帰還することも可能です。
ただし、猟犬への対策を完備していなければ、無残に喰い殺されるだけに終わるでしょう。
過去の特別展示場には、それはもう曰くつきの蝋人形が集まっています。
よく知られた神話上の怪物……ゴーゴンやキマイラといったものに加え……
ヒキガエルとコウモリを足して割ったような頭部と、蝋とは思えないような異様な質感を持った、異様な怪物の像。
巨大な蛸を連想させる、触手を垂らした頭部を持つ、奇妙なほどに小さな翼を持った怪物の像。
真っ白な、とぐろを巻いた長い尾と、ぶくぶくと膨れ上がった巨大な白蛆のような姿の怪物の像。
見知った生物の姿をグロテスクに曲解したかのような、不快な蝋人形。
何らかの奇怪な薬物によってもたらされたのでは無いか、と信じたくなるような、正気の世界から遠く離れた造詣の蝋人形。
それらが計算され尽くした角度の照明と、信じがたいほどの精緻さによって実現した配置により、見たものの魂を震撼さしめるような恐怖を生み出しているのです。
この部屋に入る前には、たとえ仲が悪くなっていようとも、みゆきからの警告が貰えます。
蝋人形は一つ足りとも視界に収めず、怪物の眠る洞窟の側を歩くように、ただ通り過ぎるのが良いとのことです。
同一の蝋人形も四季の間に飾られていますが、その量と質は圧倒的にこちらの方が上です。
それでも覗いてしまうようならば、その探索者はこの奇怪な芸術性に釘付けとなってしまいます。
正気度ポイントを1/1d6失い、クトゥルフ神話技能を5%獲得してしまうのです。
《目星》などをしても情報は得られず、彼は今後数週間に渡り『忌まわしきツァトゥグァ』『エイボンの書に記されし極寒の白蛆』
『永劫より深き眠りにつくクトゥルフ』……などとぶつぶつと呟く、完全な痛い人となってしまうでしょう。
廊下は蛍光灯の明かりで照らされた、どこか無機質で不気味な場所です。
無人の学校の廊下を歩いているような、奇妙な物寂しさを感じるでしょう。
……この場所には、探索者を追ってきた『空鬼』の内、幸運にも『猟犬』との戦闘から逃れられた一体が潜んでいます。
初期位置は『葉月の間』『霜月の間』の間に位置する、WCのすぐ側。
ドアの前で《聞き耳》を行なう、ドアを慎重に開ける、などの宣言があれば、即座に気づかれることはありません。
《聞き耳》を行った場合、くぐもった唸り声を聞き取ります。
《アイデア》INTロール成功で、それが時空を越える時に聞いた声だと分かるでしょう。
空鬼は大きな音、そして匂いによって周囲の情報を得ています。
トイレの近くにいるのは、芳香剤の強い匂いに釣られて寄って行ったためです。
みゆきが同行していれば、『トイレの前をうろついていたが、あの中にはヤケに匂いの強い芳香剤くらいしかない』と、それとなく教えてくれます。
空鬼の足はあまり早く無いため、探索者が存在を気づかれたとしても、即座に窮地に陥ることは無いでしょう。
しかし、廊下から空鬼を排除するのは、現時点では難しいです。
探索者が空鬼を正気度ポイントの犠牲を払っても観察するようなら、《目星》に成功すると、鼻(があるべき部分)がひくひくと動いていることに気づけます。
芳香剤は各展示場にあるため、それを使えば空鬼の感覚を狂わし、危機を脱せるでしょう。
制汗スプレーなどを所持しているなら、それを使っても構いません。視覚が無いため、ロープを張って転ばすことも容易です。
無機質な空間で足を引きずりながら蠢いているのは、不自然と異質さで全身を覆ったような怪物だった。
類人猿でもなければ昆虫でもない、黒ぐろとした色合いの締まりなく垂れ下がった皮を持つ、成人男性よりも一回り大柄な体躯。
伸ばされた前足には大きく広がった鉤爪があり、冷酷さと残忍性を醸し出す。
表情のない頭部には、退化した目らしきものの痕跡と、不潔な悪臭を吐き出す乱杭歯。
耳のあるべきところにも、ぽっかりと開いた穴しかなく、頭部を左右に揺り動かすことで周囲の状況を得ているらしかった。
そしてその行為は、全身に漲る殺意と悪意をぶち撒ける、不運な犠牲者を探し求めているかのようにも見えた。
ルールブック(p.173285)の内容に加え、下記の攻撃が可能とする。
《抱擁》:25%、4MPを消費、犠牲者を両腕で抱きしめる。
STR対抗により犠牲者を取り戻すことが出来るが、その間も空鬼の体はスーッと透けるようにして消えていく。
次ラウンド開始時、空鬼はこの次元から姿を消し、犠牲者が連れて行かれた場合は二度と帰ってこない。
受付は、過去に戻ってもほとんど変わっていません。
ただし職員用の部屋へは、鍵が掛かっていて入れなくなっています。
《鍵開け》や《機械修理》でこじ開けるか、みゆきに鍵を貸してもらう必要があるでしょう。
職員用の部屋は、3つの引き出し付きの机があるくらいの殺風景な部屋です。
無駄に豪華な作りをしていた館長室とは真逆であり、お金はあまり掛かっていないようです。
3つの机はそれぞれ、職員の松村みゆき、宮下景子、山代優羽のもの。
引き出しの中には彼女らの私物が入っており、みゆき以外の引き出しには鍵も掛かっていません。
こざっぱりとした机の上には、一切の無駄な物が置かれていません。
引き出しには鍵が掛かっており、みゆきから鍵を借りるか、《鍵開け》《機械修理》でこじ開ける必要があります。
机の中にはミニアルバムが入っています。
写っているのはみゆきと、10歳のころのいずみです。
今とは違い、物静かでおとなしそうな少女に見えるでしょう。
机の上は乱雑に散らばり、漫画雑誌や粉末飲料の袋などが転がっています。
中には大量の包装紙に包まれた飴玉や、食べかけのお菓子の袋が散らばっており、主の人間性を表現しているかのようです。
《目星》で丁寧に探すか、中身を適当にほっぽり出してしまえば中を改められるでしょう。
一冊の日記帳……彼女の日記が主な情報源となります。
今日も館長に叱られた。
あの薄らハゲめ。崩れた湯豆腐みたいな顔のくせに、よくも!
今度仕返しをしてやる事にする。
雑巾の絞り汁を館長のお茶に混ぜようとしたら、深雪さんに叱られた。
そして自分で飲まされた。深雪さんの分には混ぜてないのに……あんまりだ。
腹が立ったので深雪さんの机を漁ってやったけど、目ぼしいものは無かった。
……そこを見つけられて、やっぱり叱られた。ひどい。
今日は優羽ちゃんに叱られた。
おやつのつぶあんパンとこしあんパンをこっそり入れ替えたのが、そんなに怒られる事なのだろうか。
そういえば以前、きのことたけのこのお菓子を入れ替えた時も怒られたっけ。
どっちも美味しいのになあ。現代の若者はワガママだから困る。まったく。
館長の大事そうにしていた、へんてこな細工の怪しいペンダントを、こっそりと隠してやった。
ちょっと陰湿かな、とは思うけど……この前偶然を装ってお尻を撫でられたし、その仕返しとしよう。
妙にブヨブヨした感触の石がはまってたけど、あれは何だったんだろう?
グミかな? ちょっと舐めれば良かったかな。真っ赤で美味しそうだったし。
隠し場所は暗号文にして覚えておく事にする。普段通りだと3日で忘れるしね。
内容はわたし以外解けないように複雑に……あ、意味のない行も混ぜてみよう!
『ひばりの歌は白夜に響く。雪割草は朝芽吹く』
『遙かな地の果て、手の届かぬ天。それらを囲うて、役目を果たす』
『阿諛迎合の羊の群れは、獅子吼の豚の思うがままに』
どうよこの語彙。ふふん、やっぱり私って天才なのかも。
あと、今日は誰にも叱られなかった! やった! 私天才!
《芸術》あるいは《知識》に成功すれば、『ひばりの歌は』の行は、チャイコフスキーの『四季』という作品集と関係があるとわかるでしょう。
『ひばりの歌』は3月、『雪割草』は4月、『白夜』は5月を表現した曲であり、総じて『春』を表します。
『遙かな地の果て』は『卯月の間』に配置された美術品であり、『囲うて役目を果たす』のは額縁。
『手の届かぬ天』は、『額縁の上』という意味です。
『阿諛迎合の……』は意味のない行です。知っている難しい言葉を書きたかったようです。
『卯月の間の額縁の上』を探せば、宮下の隠したペンダントを発見することが出来るでしょう。
テーブルの上にはいくらかの画材用具が整頓されています。
引き出しには鍵が掛かっておらず、中にはスケッチブックが入っています。
スケッチブックを覗くと、いくつかの情景が描かれています。
ページの右下には日付とサインが記されており、それでいつ描かれたものか判別出来るでしょう。
館長に怒られる、若い女性(宮下)の絵が描かれています。
しおらしく俯いているように見えるが、よく見ると舌を出しているようです。
笑顔の宮下に肩車され、楽しそうにしている小さな女の子と、それを微笑んで見守る深雪が描かれています。
小さな女の子は、どことなくいずみに似ているようにも見えます。
全体として非常に微笑ましく、ほのぼのとした情景に映るでしょう。
小さな女の子の正体は、やはり落合いずみ。
彼女が母の職場を訪ねた時に書いたものです。
ボロ布のような汚い服を着た、見苦しい身なりの男が描かれています。
左腕の裾は妙にスカスカで、中に腕が無いことが連想されるでしょう。
彼は人間大の大きさの、布で包まれた何かを重そうに抱えています。
《アイデア》INTロールに成功すれば、それが鏡であると推測出来るでしょう。
彼の正体は笹岡英樹で、館長に『時うつしの鏡』を売り込みに来たところを、記憶を頼りに描き上げられたのがこの絵です。
脂汗を垂らし、不安げな表情で歩きまわる館長が描かれています。
彼は火災報知機の蓋を開け、中に何かを仕込んでいるように見えるでしょう。
報知器の側には、ゴーゴンの蝋人形が描かれています。
絵の背景は冬の情景を表しているように感じるでしょう。
四季の間は情報源であると同時に、正気度を減少させるポイントでもあります。
探索者は無為にこの間を巡る危険性を最小限にして、ペンダントを入手しなければなりません。
各部屋に配置された蝋人形は、1/1d3正気度を喪失させます。
『卯月の間』は横に広い長方形の部屋です。
白熱灯の柔らかい明かりが灯り、木造のテーブルを照らしています。
誂えられた備品からは『角』が廃されており、春の柔らかな暖かさを感じさせるような、細かい工夫を凝らしたことが見て取れるでしょう。
だがその努力も虚しく、部屋中に林立した刺々しい蝋人形が、空気を読まない全力の威圧感を放っています。
部屋の中央、目玉として展示されるのは『怠惰なる空腹』と名付けられた作品です。
ヒキガエルのような頭部に、コウモリのような毛皮。
奇怪な合成獣を連想させるが、アニメやゲームで見るそれのような安っぽさは感じさせません。
代わりに感じるのは、今にも冬眠から目覚めそうな熊の前を、こそこそと忍び歩きで横切るような緊張感。
『この蝋人形は、今にも動き出すのでは無いか?』そんな錯覚に陥るほどに。
《目星》でこの部屋を探索するか、林立する蝋人形の隙間を調べると、その奥に一枚の絵が見つかります。
厚みのある額縁で囲われたそれには、春ののどかな情景と美しい青空、絵の中に入り込めそうなほどに広がりを感じる地平線が描かれています。
前述のとおり、この絵の額縁の上にアミュレットが隠されています。
背の高い探索者なら、軽く額縁の上に手が届くでしょう。
アミュレットの裏側には、「1922」と数字が彫り込まれています。金庫の暗証番号です。
『偉大なる種族』イス人の協力者となった三島が、彼らから受け取った品です。
非常に大きな半弾力性のある石が嵌められており、触るとブヨブヨとした感触がします。
真っ赤に着色されたグミのようにも見えますが、食べられません。当然舐めてもいけません。
アミュレットには極めて特殊な異星の生物の細胞が埋め込まれており、所持者がティンダロスの猟犬に捕捉されるのを防ぎます。
ただし、効果は個人にしか及ぶことがありません。
未知の細菌に感染させ、猟犬が触れると危険なように血液を変質させるとも、猟犬にだけ感じ取れる特殊な悪臭を放つとも言われていますが、詳細は不明です。
探索者が現代に戻る前、みゆきに渡しておけば、彼女は猟犬に襲われることなく生存することが出来ます。
しかし、探索者が保身を優先してアミュレットを持ち帰った場合は、彼女はいとも簡単に猟犬に捕捉され、死を迎えることになるでしょう。
本来襲われるタイミングとのズレが歴史にどういった変革を生むかは不明です。
基本的な内装は卯月の間と同一です。
ただ、こちらは夏の暑さを感じさせるような印象になっています。
部屋の中央、目玉として展示されるのは『深淵に眠るもの』と題された作品。
巨大な蛸を模したようなグロテスクな頭部に、ブヨブヨとしたゴムのような巨体。それとはアンバランスな小さな翼。
大ぶりで残忍な鉤爪は、今にも自身の首を刎ねてしまいそうなほどの、不気味な躍動感を備えています。
《目星》でこの部屋を探索しても、目立ったものは見つかりません。
こちらも基本的な内装は卯月の間と同一。
ただ、こちらは秋の涼しさを感じさせるような印象になっています。
部屋の中央、目玉として展示されるのは『絶対零度』と題された作品です。
とぐろを巻いた巨大な白蛆のような印象です。眼球のあるべき場所に光はなく、血のように赤い小球体がびっしりと敷き詰められています。
それが涙を流すように頬を垂れ、床へとこぼれ落ちているのです。
この部屋にも特に目立ったものはありません。
こちらも基本的な内装は卯月の間と同一。
ただ、こちらは冬の厳しさを感じさせるような印象になっています。
ゴーゴンやマンティコアといった、実在の伝承に登場する怪物たちが展示されています。
おぞましい技量に仕上げられた見事な品ではあるが、神話的な脅威は無いため、正気度の減少はありません。
火災報知機の内部に、館長の隠した物理鍵が入っています。
クリアに必須でない部屋は、WC、ショップ、講義室の三つです。 WCは普通のトイレで、ショップは筆記用具や記念品を販売、講義室は数個の机と椅子、教壇のある部屋。
……これといって書くべきことはありませんが、PLの提案次第で色んなものがあったことにしても良いでしょう。
探索者全員が《図書館》に失敗した場合や、《目星》に失敗した場合などは、ここに挽回のためのアイテムがあるかもしれません。
探索者たちが館長室に戻ったころには、金庫を開く鍵は手に入っている事でしょう。
金庫の中身は奇妙な手触りの、肌色の装丁がされた、一冊の古書です。
表紙には『師父は永劫に臥せり』というタイトルが、朱色の顔料で書かれています。
大きさはA4版程度で、注意して扱わなければボロボロに崩れてしまいそうにも見えるでしょう。
本の内容は主に不死の錬金術、または永遠の命を得る方法の探求です。
その中に一つのトピックとして、『適時過去に戻る事により不死を実現する』方法が上げられています。
そのために紹介されているのが、件の『過去をうつす鏡の製法』です。
呪文を鏡に向けて唱える事で、一般的な鏡を『時うつしの鏡』へと変化させる事が出来るでしょう。
《鏡に過去を映す》と題された呪文は、7MPと1d3正気度を支払う事により、鏡状の品物に過去を映し出す力を宿しています。
また、この呪文は真逆に書き込むことにより、鏡を通して得た記憶を消滅させることが可能です。
過去を見た媒介……『時うつしの鏡』に呪文を書き込む必要があり、さらにその鏡は砕けてしまいます。
この注釈は小さな文字で、どうでも良さそうに記載されていたため、館長はそれに気づけなかったのです。
探索者が現代に戻り、『時うつしの鏡』に呪文を書き込めばシナリオは終了となります。
ティンダロスの猟犬は、己の姿を見た標的を執拗に追い詰めます。
しかし、『見た記憶』が消滅してしまった以上、探索者を追い続けることが出来なくなってしまうのです(この設定は、筆者により付加されたものです)。
ただし呪文が効力を発揮するには、ほんの少しの時間が必要です。
三島の取り寄せた本。中国語でのタイトルは『不死的师傅和父亲』。
4世紀頃に無名の研究者が著し、戦国時代の末期にとある大名が輸入、臣下に翻訳させたものです。
その際、ちゃんとオリジナルと同じ材料を使って翻訳本を作成しています。
本編に登場するのは、その翻訳本です。稀覯書であり状態は悪いものの、読めないことはありません。
古文で書かれているため、読み取るには《日本語》、または《歴史》のロールが必要です。
装丁には赤ん坊の皮が使われ、題名は辰砂から作られた顔料で記されています。
不死への渇望から生み出された本だったため、そういった品々を用いたのです。
表紙に耳を近づけると、赤ん坊の泣き声がどこからか聞こえてくることにより、《0/1d2》の正気度を失います。
本の内容は不死の錬金術、または永遠の命を得る方法の探求が主です。
正気度喪失量は1d2/1d4。《クトゥルフ神話》に+4%CMIは1、CMFは3。
研究し理解するために平均30週間が必要。
呪文は《鏡に過去を映す》、《ニャルラトテップとの接触(ルルブp.261246)》の二種です。
キーパーが望むなら、与える情報を追加しても、また減らしても構わないでしょう。
探索を終えれば、あとは現実世界に帰るのみです。
みゆきの伝えた時間が経つと、外からドヤドヤと騒がしい声が聞こえます。
町での捜査を終えた警察官が、慌てて殺人事件の現場に駆けつけたのです。
彼らに捕まれば、少なくともこの晩は取り調べに協力しなければなりません。
そのため、速やかに脱出することが必要になるでしょう。
空鬼が残っていれば警察官は発狂、発砲して、外からは派手な銃声と悲鳴や絶叫が聞こえます。
探索者がもし警察官を助けたいと言うのなら、救助に向かわせてもいいでしょう。流れ弾が怖くないのならの話ですが。
なお、空鬼は知性を持っているため警察官と戦おうとは考えず、即座に撤退を決め込みます。
『みゆきにペンダントを渡したかどうか』
『飛び込む先の時間をいつに決めたか』
探索者たちの冒険の成果は、以上の条件によって分岐します。
みゆきにペンダントを渡さなければ、彼女はいずれ猟犬に襲われ、死亡してしまいます。
未来に帰った探索者が、その先で彼女と出会うことは無いでしょう。
もう一つ重要なのは、飛び込み時間の選択です。
特に指定がなければ、いずみの死亡した現場へと飛ぶことになるでしょう。
いずみが死亡した以降の時間に飛べば、彼女は助かることはありません。
しかし、乱雑に時間を指定することは出来ません。
探索者が彼女を救うには、彼女が鏡の前にいる時間を選択しなければならないのです。
ここで彼女のしかけたあの悪戯がヒントになります。
彼女は『肝試し当日の三日前』、罠を仕掛けるために美術館を訪れているのです。
もちろん、それ以外の時間にも飛べるのですが、あまり悠長にしているとティンダロスの猟犬に襲われてしまうでしょう。
探索者が鏡に飛び込むと、一度味わったあの奇妙な感覚をもう一度味わいます。
そしてさらに、やはり猟犬の唸り声が聞こえるのです。
鏡の中では、ハッキリと猟犬の姿を視認する事が出来ます。
もし探索者が後ろからの足音に振り向けば、《1d3/1d20》の正気度喪失が発生するでしょう。
今回は猟犬の行動を妨害する空鬼はおらず、猟犬は探索者の元に一目散にやってきます。
『猟犬』の前足が探索者たちのすぐ背後に届いた瞬間、探索者たちの体は鏡の外へと投げ出されます。
鏡の外は帰還した時間次第ですが、猟犬の唸り声と足音が鏡の中から迫ってくるのは共通です。
『猟犬』を退治するためには、呪文を唱えて書き込まなければなりません。
呪文を使う探索者はDEX*5をロールし、成功すれば呪文を素早く書き込むことが可能です。
失敗した場合、もう一度だけ続けてロールすることができます。
しかし二連続で失敗した場合、猟犬の鼻先を目撃してしまいます。
そしてその不快なぬらめく牙と醜悪な笑みに、《1/1d4》の正気度を喪失してしまうのです。
呪文を書き込み終えると、鏡面が眩しい光を放ちます。
薄暗い部屋を覆い尽くすような閃光に、まともに目を開けてはいられません。
やがて、ビキビキと何かに罅の入る音が響き、ガシャン、と砕け散る音が聞こえ……探索者が目を開けると、割れた鏡だけが転がっています。
探索者が『いずみのリストバンド』から、『菱型のバッジ』を取り外していない場合に発生します。
閃光で目が眩んでいる間、呪文が効力を発揮するラグの間に、いずみの悲鳴が部屋に響き渡るのです。
『菱型のバッジ』は90度の角度を持ち、鏡を通さずとも猟犬はそこから出現することが可能なのです。
……目を開けたあと、彼女がどうなっているかはキーパーの判断に委ねられます。
彼女は二度目の死を迎えているかもしれませんし、腕を軽く喰われただけで済んだかもしれません。
いずれにせよ、彼女は迂闊にクトゥルフ神話の世界に関わったツケを払わされることになるでしょう。
呪文を発動した場合、探索者は『鏡を通して過去を見たこと』の記憶を失っています。
なので、肝試しに訪れた記憶、過去の美術館を探索したおぼろげな記憶、何か恐ろしいものに追い回されたような記憶こそありますが、状況は良く飲み込めないでしょう。
しかし命を拾った実感により《1d10》正気度、いずみとみゆきが生存していれば、各々《1d2》の正気度を回復します。
みゆきが生存していれば、いずみは『落合』ではなく『松村』の姓になっていますが、探索者とは同じような出会いを果たしているようです。
その場合の彼女は、何故か廃美術館へ向かう友人を見かけ、なんとなく気になって母親と一緒に後を付けてきた事になっています。
記憶を失っている場合、探索者とみゆきは初対面です。しかし、何故か奇妙な懐かしさを感じます。
みゆきの方もそれは同じで、ポツリと『ありがとう』という言葉を伝えてくれます。
しかしどうしてそう言いたくなったのかは、彼女自身も記憶していないようです。
キーパーの意志で、このエンディングは暗いものにも明るいものにも出来ます。
暗いものにしたければ、残った疑問を投げかけると良いでしょう。例えば……
探索者が救ったいずみは、前の『落合 いずみ』と同じ人物なのでしょうか?
過去を変え、みゆきを救ったのは本当に正しかったのでしょうか?
鏡を壊し、追われることも無くなったといえど、あの『猟犬』は、『左腕のない男』はまだ何かを企んでいるのでは無いでしょうか?
逆に明るくしたければ、その辺りにはあまり言及しなくても良いでしょう。
生贄を捧げられなかった『左手のない怪しい雰囲気のおじさん』が、獣に襲われたような奇怪な死を遂げているニュースが飛び込んだことにしても構いません。
情報量が多めに見えますが、実際に探索する内容としてはそれほど多くはありません。
わりかしメジャーな『ティンダロスの猟犬』の恐怖を味わえるように作成したシナリオです。
難易度調整は、主に猟犬と空鬼の行動比率、同行する二人のNPCによるヒントで行います。
怪異は両方とも『舌』『抱擁』という(肉体的には)被害の少ない行動を持っているので、探索者を脅かしつつ進めるには利用すると良いでしょう。
何か質問などございましたら、Web拍手かTwitter(古閑未善@kogamizenで登録)にて。
彼女が生存したまま過去へ向かい、また現代へ戻った場合も扱いは探索者と変わることはなく、呪文の成功で記憶を失います。
ただ、こちらの彼女は記憶がリセットされると「過去にみゆきが死亡し、家庭が崩壊した」認識のままですので、その点で一悶着あるかもしれません。